首ヤバ姫
鏡読み
首ヤバ姫
「あなたを断罪する。レイチェル!」
その言葉にレイチェルはキュンとした。
事の始まりは数分前。
社交界に参加したレイチェルは、うっかりダンス中に第一王子プロテウスを投げ飛ばしてしまった。
その距離、実に3メートル。
ゆったりとしたダンスのリズムに乗せ王子は見事な放物線を描き、壁に激突。幸い王子は軽い打ち身で済んだが、ことがことなだけに大事件になってしまったのだ。
成人男性をぶん投げる。そのようなことが出来る貴婦人はなかなかいない。だが、なにを隠そうレイチェルは王国最強のマッチョガールであった。
「はぁ……はぁ……だ、断罪でふか?」
突然のキュンのせいで、トキメキが口から洩れ、レイチェルは呂律がオシャカになっていた。
胸は高鳴り、呼吸は乱れ、腹の底から恐怖にも似た緊張感が湧いてくる。
これは恋? 恐怖? やっぱり恋! 恋ってことにしておこう!
まるでロンドン橋が落ちるがごとく、恋に落ちたレイチェルは、ジェットコースターのようにアップダウンを繰り返す大胸筋に心を振り回されていた。
この筋肉のせいで、普通の男は彼女に近づきさえしない。
それをこの華奢で線の細い小さなイケメンは涙目になりながらも、臆することなく精一杯の眼力でレイチェルを睨みつけてくる。
もはやキュンである。いとしさしかない。
「しかし、王子。いきなり断罪など、さすがに王国の威信にかかわるのでは」
あまりの急展開に周囲にいた王子の側近たちが止めに入ってくる。
王子が怒っているのは目に見えているので、だいぶ遠巻きに、遠慮がちに、とばっちりを喰らわないよう距離を置きながら、それでも自らの職務を果たそうとしていた。
「うるさい、うるさい! 私を投げ飛ばすなど、死罪に決まっている」
手をバタバタと振り回し、怒りをあらわにする王子に側近たちは肩を組んでその場で作戦会議を始めた。
「どうする?」
「いや、レイチェル嬢には犠牲になってもらうしか」
「異議なし」
「……あのマッチョは惜しいが、命には代えられない」
「お前まさか、レイチェル嬢のこと」
「言うなよバカ、あの上腕二頭筋は誰でも憧れるだろ」
どうやら話がまとまったらしく、側近たちはキリっとプロテウス王子に手を上げた。
「しかしー。そのー。処刑方法とか、どうするんですか?」
レイチェルの断罪を止める者は誰もいなかった。
側近たちの後押しにプロテウス王子は小さな胸を張った。
「斬首一択」
「ざ、斬首~~~~!!」
レイチェルは歓喜の声で絶叫した。無邪気で真っ直ぐな殺意にトキメキがメキメキ膨れ上がってくる。
あふれんばかりの恋で胸が張り裂けそうだ。
筋肉が付き過ぎて、皆がドン引きするこの自分を、あのイケメン王子は処刑しようと全力で考えてくれている。
キュンを超え、マリッジ願望が爆発した。
「お、おぉ、王子! でしたらお願いが! 後生ですから、あなた自らの手で私の首を刎ねてください」
「もちろんそのつもりだ」
「絶対に、絶対にですよ! 絶対に刎ねてくださいませ。もし首を刎ねられなかった場合、……私、あなたと結婚しますからね!」
「戯言を! いいだろう、その首刎ねれぬ時は結婚でも何でもしてくれる! 剣を!」
その言葉にレイチェルは膝を折り、頭を下げた。
ばっちこい、いつでもカモンである。
王子は側近から剣を受け取り、全体重を乗せて振りおろした。
「ていやー!」
「ぬーぅうん!」
鉄を鉄で殴ったような甲高い音が響く。
王子が持った剣は根元から折れ、刀身が宙を舞った。
鍛え抜かれたレイチェルの首筋肉は、王子の斬撃を跳ね飛ばしたのだ。
その結果に、レイチェルはゆらりと立ち上がった。
頬は赤く、口元はニタリと笑っている。
揺れるドレスはあでやかに、揺れる髪はつややかに、歓喜が零れ落ちないように頬を両手で押さえ、獲物を見る目で王子に嘗めるような視線を送る。
「お、おお、う、ふふ! あははは! 王子、結婚ですね! 結婚ですよね!」
「ま、まだ、まだだ!! 側近、次の剣、いや、斧を! チェーンソーでも構わない」
そうして、レイチェルと王子の全てを掛けた逢瀬は三日三晩続き、王国中の剣、斧、ヤリ、チェーンソーが彼女の首に敗北した。
その光景を間近で見ていた側近たちは手のひらを返し、王子を生贄にしさしだし、レイチェルは幸せなキスをして、王子と結婚。
かくしてレイチェルは王子と幸せに暮らしました。
王子が幸せかは、知りません。
首ヤバ姫 鏡読み @kagamiyomi
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