第27話 直腸宇宙とヒューストンの月

 放課後の図書室。夕陽はすでに窓の外を真っ赤に染め、あかりの机上に長い影を落としていた。分厚い医学書を前に、彼女の瞳は輝き続ける。


「……ふぅ……歯状線を越えた瞬間、痛みが消えた……!」


あかりは小さく息をつき、手元のノートを見下ろす。外肛門括約筋、内肛門括約筋、そしてギザギザの歯状線。今、プローブは直腸側——内臓性神経支配の領域にある。


(ここから先は、圧力だけで感じる世界……まるで重力が変わった銀河空間……!)


ノートの白紙に描かれた円筒形の管状空間を、あかりは宇宙船の内部と見立てる。内側の壁面にはヒューストン弁が半月状に浮かび上がる。彼女の頭の中では、弁は小さな月となり、便の流れを引き寄せ、軌道を制御する。


「ふふふ… ヒューストン……! やっぱりね……!!」


妄想が加速する。肛門柱は縦に連なる星団、肛門洞は暗黒星雲。プローブは流星群のように滑らかに進み、ヒューストン弁の半月は月の引力のように便の軌道を曲げる。


(あ、直腸腺から腸液がじわり……これも宇宙の潤滑剤か……! 円滑に惑星を回すための摩擦制御……完璧な設計……!)


「……直腸の中って、ただの管じゃない! 宇宙の縮図みたいだわ!」


あかりは指をページの図に置き、妄想を文字に置き換える。半月状の弁、縦に並ぶ肛門柱のひだ、肛門洞のくぼみ——全てが星座や銀河に変換される。


(ここは時間の流れがゆっくりな領域……タイムワープで言えば、歯状線を抜けた瞬間に入る“内宇宙ステーション”……!)


机の上のペンを握り、彼女は息を整えながら書き込む。赤で歯状線、青で肛門柱、黄色でヒューストン弁。まるで小さな宇宙図を描く天文学者のようだ。


「ヒューストン弁は単なる弁じゃない……便の流れを制御するだけでなく、時間も制御してる……かもしれない!」


視界が頭の中で膨張する。直腸の空間は広大な銀河系、ヒューストン弁は軌道を変える月、肛門柱は流れ星が集う小さな星団、肛門洞は闇に光る暗黒星雲。プローブは銀河間を飛ぶ探査機となり、歯状線を越えた先で初めて体験する“異次元の安定空間”を探る。


(連続して圧力をかけると、腸液の分泌も増える……潤滑剤が宇宙船を滑らかに動かす……科学的にも完璧……!)


「……ああ、これが圧力センサーだけで感じられる世界……痛みがない分、全ての動きがクリアに分かる!」


あかりの手は止まらない。ノートには“直腸宇宙マップ”が広がり、ヒューストン弁の位置と役割が鮮やかに描かれる。


(もしここに便という惑星が存在したら、月の軌道でどう流れるか……!)


妄想はさらに膨らむ。直腸内の小さな渦やヒダの一つ一つが、天体の運行のように精密に連動する。あかりは息を荒くしながら、指で図を辿り、プローブの進行を追体験する。


「……肛門宇宙論、ここで時間の概念まで網羅できる……! 歯状線を越える瞬間がタイムワープの入口、ヒューストン弁が月、肛門柱が星団、肛門洞が暗黒星雲……」


美咲が横で静かに見守る。


「……もう、あかりワールド全開ね……」

「違うの、美咲! これは本当に人体の中の宇宙! 圧力や感覚を感じながら、時間や空間まで体験できるのよ!!」


(美咲はまだ気づいていない……直腸腺がこんなに腸液を出して、痛みを抑えつつ滑りを良くしているなんて……)


ノートを閉じ、あかりは拳を握る。静かに息を整え、再びページをめくる。次に待つのは、ヒューストン弁のさらなる詳細、肛門腺、肛門窩の未知なる宇宙——。


「私の肛門宇宙論は、確実に真理に近づいている……!」


外では夕陽が校庭を赤く染める。図書室の中で、少女の妄想は銀河を巡り、タイムワープを抜けた直腸宇宙で新たな冒険を始めていた。

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