第20話 銀河括約筋連合
星野あかりは机にかじりついていた。目の前には例の分厚い医学書。ペンを握りしめ、ページをめくるたびに「ほぉぉぉ……」と謎の感嘆の息が漏れる。
「今日は……何か新しい発見がある気がする……!」
その予感は当たった。
パラリとめくったページに、こう記されていた。
——括約筋(sphincter)とは、管状の器官を輪状に締め付けて開閉を調整する筋肉の総称である。
「……え?」
あかりの脳が一瞬フリーズする。
おそるおそる読み進めると、そこには例がずらりと並んでいた。
「食道下部括約筋……尿道括約筋……瞳孔括約筋……!? え、ちょっと待って!肛門括約筋以外にも……括約筋っていっぱいあるの!? ええぇぇっ!?」
彼女はイスから半分ずり落ち、手元のノートをバンと開いた。
「……私、ずっと肛門だけのスペシャルシステムだと思ってた……。でも実際は――人体には十種類以上の括約筋が存在する!? なにそれ、マルチゲートシステムじゃん!!」
ペンを走らせ、図を描く。
《人体括約筋マップ》
• 瞳孔括約筋:光の出入りを制御するゲート
• 食道括約筋:飲食物を出入りさせるワームホール
• 尿道括約筋:小さな小宇宙の出口
• 肛門括約筋:宇宙の王者ゲート
ページは黒い線と○印で埋まっていく。
「そっか……!人間の体って“括約リング”が点在する銀河系なんだ! 一人の人間の中に、ミニチュアの宇宙連合があるってこと!!」
あかりの脳内に、奇妙な光景が広がる。
——体内宇宙。
無数の銀河のように並ぶ括約筋たち。
それぞれが光を放ち、ゲートのように開閉しながら、全身の秩序を守っている。
「うわぁぁ……まぶしい……。私、見えちゃったよ……人体は“銀河括約筋連合”……!!」
机に突っ伏し、両手をわなわな震わせる。
「つまり……私はただの女子高生じゃない……! 全身に銀河を抱える“括約筋司令官”だったんだぁぁぁ!!」
⸻
その瞬間、あかりの妄想はさらに加速する。
(瞳孔括約筋……それは目に宿るブラックホールシャッター!
光の粒子を調整し、まるで宇宙観測衛星!)
(食道下部括約筋……それはワームホールゲート!
食物が通過するたび、次元を超えて旅するんだ!)
(尿道括約筋……水の惑星を支配するもう一つの小宇宙!
そして……)
(肛門括約筋……銀河括約筋連合を束ねる、究極の王者ゲート……!)
瞳をカッと見開き、机に身を乗り出す。
「これだ……! これこそ……“括約筋群による宇宙統治理論”!!」
ノートにはすでに謎の公式が書き殴られている。
《括約筋数 ≒ ゲート数 → 人体 = 小宇宙》
《人間は歩くマルチポータルである》
「ふふふ……世界の学者がどんなに宇宙を観測しても、答えはここ! 私の体の中にあったんだよ!!」
その叫びは当然ながら誰にも届かない。
だが本人は完全に“銀河の啓示”を受けていた。
⸻
「ちょっと、あかりー!」
突然、ドア越しに母の声が響いた。
「ごはんできたから降りてきなさい!」
「……あっ」
現実に引き戻され、あかりは慌ててノートを閉じる。
「は、はーい!いま行くー!」
机の上には、殴り書きされた数式と、「銀河括約筋連合」の文字。
その横に描かれた人型の落書きは、全身に○マーク(括約筋)をまとい、王冠をかぶった「括約筋司令官」だった。
顔を真っ赤にしながら、ノートを鞄に押し込み、立ち上がる。
「……でも……これは絶対に間違ってない。
人体は小宇宙……そして私は、その統治者……!」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、胸を張って部屋を出ていった。
もちろん、母親から見ればただの勉強オーバーヒートでしかないのだが。
⸻
夕食の席。
家族が団らんする中、あかりはお茶碗を握りしめ、ひとり遠くを見つめていた。
(銀河括約筋連合……。
この謎を解き明かせば、私は宇宙の根幹に触れられる……!
でも、誰かに話せば……裏組織に狙われるに違いない……!)
妄想が再び膨らみ、震える箸がポタリと味噌汁をこぼした。
「ちょっと、あかり? 大丈夫?」
「だ、だいじょぶっ!!」
笑顔でごまかしながらも、心の中ではこう確信していた。
——銀河は、私の中にある。
あかりの“肛門宇宙論”は、ますます遠大なスケールへと暴走していくのだった。
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