第15話 美咲のラブ・マニピュレーション

 昼休み。教室の窓辺でパンをかじるあかりの横に、美咲がひょいと顔をのぞかせた。


「ねぇあかり。最近、光といい感じじゃない?」

「えっ!?そ、そんなことないよ!?全然そんなのじゃないからっ!」


 あかりは手をばたつかせて否定するが、顔は明らかに真っ赤だ。

 美咲は心の中でニヤリと笑う。


(ふふん、このまま放っておいたら妄想エンジンが空回りするだけ……。ここは私が“プロデュース”してやらないと!)


 美咲は昼休みが終わると同時に、次の作戦を練った。

 図書室であかりが困っている状況を利用して、光と自然に接近させる……それこそが“完璧なラブ・マニピュレーション”計画だった。



 放課後、廊下で立ち話をしていた光に、美咲はにっこりと声をかける。


「ねぇ光。あかりが図書室でちょっと困ってるみたい。手伝ってあげて」

「え、そうなのか?」

 光は素直に頷き、図書室へ向かう。



 その頃、図書室にいるあかりは机いっぱいにノートを広げ、悶々としていた。


(肛門皺は放射状=太陽光線……うーん、この仮説をどう展開するか……)


 思考が渦巻く中、手元の鉛筆が小さく震える。

 そこに――「おーい、あかり」の声。


「ひゃああっ!?」

 光の声に驚いて跳ね上がるあかり。ノートがぐちゃっとなりかけるのを必死で押さえる。


「美咲から聞いたけど、困ってるんだろ?」

「え、えええ!?あ、ああ!そうそう!すっごく困ってて、手伝ってください!」


 言葉は空回りするが、光は近くの席に座った。

 その距離、わずか数十センチ。


(ち、近いっ!これはもう重力双子星級!私と光が潮汐力で引き裂かれ、最終的には合体超新星爆発ぅぅぅ!!)


 光の指がノートに触れるたび、あかりの心臓は跳ね上がる。

 もしここで万有引力が働いたら――自分の存在はHawking radiationになって消え去るのでは……!?


「……あかり、顔すごいことになってるぞ」

「な、なんでもないですぅぅぅ!!」


 パタパタとノートで顔をあおぐあかりの様子を、廊下から覗く美咲は腕を組んでクスクス笑った。


(よし、仕掛けは効いてる。あとは勝手に妄想で燃え上がって赤面するだけ……最高のエンタメ♪)


 美咲はさらに観察眼を研ぎ澄ます。

(眉の動き、手の震え、呼吸の乱れ……あかり、完璧に“恋愛ブラックホール”に捕まったわね……!)



 数分後、あかりは決意を固める。


「よしっ!決めた……!」

「えっ?何を?」光が首をかしげる。


「私……この宇宙における“愛の重力方程式”を証明するっ!!」


 図書室にしんとした沈黙が落ちる。

 あかりの瞳は宇宙の神秘を見つめる光のように輝いていた。


(世界ランク1位のアホ、ここに爆誕……!!)


 その後も、あかりは勝手に妄想の旅に出る。

 光と自分の距離を“軌道力学”に置き換え、呼吸のタイミングで潮汐力が変化すると計算。

 手元のノートには赤・青・黄で「愛の重力線」が複雑に描かれ、星図のように広がっていく。


 廊下の向こうで観察する美咲は、手帳を胸に押し付けて笑いを堪えた。

(このまま計算式を完成させたら、あかり、文字通りブラックホール級に溶けちゃいそう……!)


 冬の静かな午後、二人の間には、まだ測れない距離感と、勝手に膨張する妄想宇宙が広がっていた。



 こうして、あかりの妄想と光の無自覚ドキドキは、さらに加速していく。

 美咲の“ラブ・マニピュレーション”は完璧な成功を収めつつあり、次の一手でどんなブラックホール級の混乱が生まれるかは、まだ誰にも分からなかった。

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