第2話 出口か、入口か
夕食を終えるやいなや、星野あかりは部屋へと駆け込んだ。机の上には、あの図書室で拾った分厚い医学書。
「ふふ……さあ、お待ちかね。未知との遭遇、第二ラウンド!」
表紙をなでながら、胸が高鳴る。あかりにとってこれは宝の地図だった。宇宙の秘密を解き明かすための。いや、正確には——人体の肛門の秘密を解き明かすための。
ページをめくる。難しい専門用語がびっしりと並ぶが、挿絵や図解がところどころにあるのが救いだった。
「肛門……肛門口……外肛門括約筋……内肛門括約筋……」
あかりは声に出して読み上げながら、ノートに走り書きする。
外肛門括約筋は自分の意思で動かせる筋肉。内肛門括約筋は無意識のうちに働く筋肉。
「な、なるほど!ダブルガードシステムってわけね!」
あかりは思わず膝を打った。
しかもだ。ページを読み進めると、さらに衝撃の一文が。
——排泄前に、人は無意識に内容物が気体・固体・液体のいずれかを判別している。
「えぇっ!? そんな高性能センサー、標準装備!?」
思わず叫んでしまった。慌てて部屋を見回す。両親に聞かれていないだろうか。
幸い、ドアの向こうから「静かにしなさーい!」と母の声が返ってきただけだった。
「し、失礼しました……」
あかりは小声で咳払いし、改めて本に視線を戻す。
固体か、液体か、気体か。それを瞬時に判別する超高性能センサー。意思と無意識の二重制御。完璧な防衛線。
「人体のほんの一部にこんなにもたくさんの機能を詰め込むなんて、全身探したってここしかない!多機能でこんなにもたくさんの意味を持つなんて……こ、これってもう、人体の中の宇宙そのものじゃん!」
その瞬間、あかりの背筋に稲妻が走った。窓の外で雷が落ちたわけでもないのに、彼女の頭の中で「ドォォン!」という爆音が響いた気がした。髪がぶわっと逆立ち、机の上の紙がひとりでに舞い上がる——そんな錯覚すら覚えた。
「肛門は宇宙! 人はみな、小宇宙を抱えて生きているんだ……!」
両手を高々と掲げて、あかりはひとり勝手に啓示を受けていた。
この瞬間から、彼女の日課「天体観測会」は新たな名前を得た。
「今日からは……“肛門宇宙論学術研究会”だ!」
決意表明をしたが、もちろん部屋には誰もいない。ひとりである。
――
翌朝。
いつものように登校したあかりは、教室で隣の席から聞こえてきた女子たちの会話に耳をとめた。
「最近さー、便秘ぎみでさー」
「えー私もー。お母さんに頼んでボラギノール買ってもらったんだけど、あれマジいいよ。お尻の穴から入れるだけだから」
……ピタッ。
あかりのペンが止まった。
「……え?」
お尻の穴。つまり肛門。
そこに入れる? 肛門って……出る方じゃなかったっけ?
「ちょ、ちょっと待って。出口……なのに入口……?いやいやいや……」
頭の中で警報が鳴り響く。
出口が入口で入口が出口。
「これって……ブラックホールと同じじゃない……?」
脳内で銀河がぐるぐると渦を巻き始めた。
ブラックホールに吸い込まれた物質は二度と出られない。
肛門からボラギノールを入れるのも……もしかして同じ原理!?
「や、やばい……! これもう肛門宇宙論の核心じゃん!」
ノートに必死でメモを取ろうとして、机に頭をぶつける。ドンッ!
周囲のクラスメイトがちらっと振り返り
「大丈夫?」と声をかけるが、あかりは気にしていられない。
むしろ心配なのは別のことだ。
——こんな秘密を口にしてしまったら、きっと裏組織に狙われる。
闇の研究機関に監禁されて、脳をいじられて……ああ、恐ろしい!
ひとり勝手に妄想をふくらませ、勝手に震え上がる。
だが次の瞬間、あかりはぐっと拳を握った。
「でも……この真理を追うのは私しかいない!」
誰も知らない宇宙の秘密。
今日もまた、ひとりの少女がその謎に挑むのだった。
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