第4話 決心


森を抜ければ、きっと夢から醒めて現実世界。

そう信じて走っていたのに。



「痛たた……」

私は、落とし穴に嵌っていた。


人為的に作られたものだろう穴底には、不思議な模様と記号のようなものが書かれた石のタイルが敷かれている。


刻まれた模様に触れると、チカチカと明滅する。

一体どんな仕組みなんだろう。


あと、お香のような香りが漂い、意識が朦朧としてくる。

何これ、催眠剤……?


ぐぉおおん、がぁあああおん

獣の咆哮が森の奥から聞こえる。

そして、かさかさと草の擦れるような音。


風の音かあの肉食ゴリラの足音だろうか。


……穴に落ちて、獣に食われる。

web小説でもそうそう無いバッドエンドだな、

と思っていると、


ぎゃおおおおおおお……

長い叫び声を最後にあたりが静かになった。


そして、

「#%&≧'≫】※」

 突然誰かに話しかけられた。


そして、目の覚めるような美形の少年が、穴に落ちている私を覗き込んだのだ。


え、何この子、どこのジュニアアイドルですか。

はい、完全に目が覚めたわ。




「#%&≧'≫】※」

突然声をかけられてびっくりしたせいで、なんと言われたのか聞き取れなかった。

 とても整った顔立ちで、銀の髪に青い瞳がとりわけ美しい子だ。

絶対に日本人じゃない。外国の血を引いているのだろう。

彼は私に手を差し伸べ、何か言っている。


美少年の手を借りて穴から這い出し、周囲の景色に私は驚いた。


私が居るのは、山の麓でも見知った街でもない、ただただ青々とした草原だった。


ここは緩やかな丘陵地の麓のようで、右手に町並みが見える。

だが、車も走っていないしビルもない。

左手の丘の上には、洋館が一軒、聳えている。


私が倒れていたのは、俯世流山の麓の森ではなかったのか。

森を振り返るが、たしかにその空に山は見えない。

晴天の空。頭の真上に太陽がある。


「あ、あの。ボク」

私は混乱しながら、少年にそう呼びかけた。

だって、20代も半ばになろうという私からしたら、一回り歳下の男の子はまだまだボクという感じの坊やだ。


 でも、この風貌、もしかしたら日本語が通じないかもな。


彼は軽く首を傾けて私を見つめてくる。


 「ありがとう、助けてくれて」


お礼を言い、私は立ち上がろうとして、


いたぁっ……」


足の痛みにへたり込んだ。


「#%&≧'≫】※」


 少年がなにか言った。


日本語でも英語でもない。

初めて聞く言葉だ。


「……え?」


……ちょっと待って。この子、何者?


少年の格好をまじまじと見る。


白い襟のシャツに革のベスト。

黒い細身のズボン。

雑嚢を背負い、ベルトには腰の左右に剣を吊るしている。

ゲームとかラノベで出てくる、駆け出し冒険者とか、剣士の格好に似ている。


なんのコスプレ?

何も答えられずにただ言葉を失っている私に、彼は一つため息をついた。


そして、少年は私の足元に跪くと私の靴に触れ、こちらを見た。


 これは、もしかして、靴を脱げと言われてる?

私がおずおずと靴と靴下を自分で脱いで、素足を差し出す。


捻った右の足首は赤く腫れていて、ところどころ擦り傷もできていた。


ズボンの裾もつつかれたので、少年に促されるままに私はズボンをたくし上げた。


少年は二言三言なにか呟いて、私の腫れた足首にそっと触れてきた。


両手で優しく包み込まれ、傷のある足の甲からふくらはぎまでを撫でさすられて、くすぐったいだけじゃない感覚がする。


あ、やだ、私には刺激が強いわ。


 なんて思っていると、少年の手が、今一番敏感になっている捻挫の箇所に少し力を込めてきた。

痛みに思わず足先がビクついてしまった。


それに気づいて、少年が大胆にも捻挫の箇所に、なんと口を寄せてきた。


「ひゃあああ!?」


 躊躇いもなくぺろりと舐められ、私は思わず悲鳴をあげた。

そんな私を少年は薄い笑みを浮かべて見る。その色白の頬はうっすらと紅潮し、……舌舐めずりまでしている。


あ、もう駄目です。

この年齢差はまずいです。



私の脚をねっとりと舐ってにやりと笑ってみせたこのマセガキ、もとい美少年は、何事もなかった風で、惚けている私に靴下を履かせ、ズボンの裾も直してくれた。

我に返った私は慌てて自分で靴を履き直した。

少年は、私を振り返って手招きする。


「なぁに?」

 私はさっと立ち上がって、……すんなり立ち上がれたことに驚いた。


 足の捻挫が全く痛くない。

普通に歩ける。

舐められたところが、ぽかぽかと温かい。

「……キスで怪我を治せちゃう魔法……?」


まさか、とは思うけど。

実際に、少年が口をつけたら私の捻挫が治ったのだ。


異世界転移。

そんなワードがふいに脳裏に浮かぶ。


通勤の合間に流し読みしていた、web投稿小説でよく見る設定。

あんなものただのおとぎ話だと思ってた。


でも、ここはどう考えても俯世流山のある町ではない。

眼の前には、知らない言葉を話し、治癒魔法を使える剣士らしき銀髪碧眼の少年がいる。


認めざるを得ない。


私は、俯世流山からこの異世界に転移したんだ。



美少年は、丘の上の洋館を指し、私の知らない言葉で何か言っている。


どうやらそこがこの子の住まいで、私を連れて行ってくれるらしい。


もしここが異世界で、何らかの作用で、私のいた世界からこの世界に来てしまったのだと仮定するなら。

私が最初に倒れていた森は、

元の世界と繋がる場所なのではないか。


森からなら元の世界に……、いや、でも、元の世界に帰りたいかと問われると少しばかり迷ってしまう。


現実の世界に嫌気がさした。

だから死のうとした。


でもこうして生き延びているということは、たぶん、まだ死んじゃ駄目ってことなんだろう。


死ぬぐらいなら、違う世界で生きてみろと、神さまにでも発破をかけられたのかも。


 せっかくこの世界の人間にも出会えたのだし、今はその縁に縋ってみよう。


森の中で倒れていた見ず知らずの私を助けてくれた、親切そうな少年。


何より、びっくりするような美少年だ、一緒にいられればそれだけで自分の心が癒やされる。

 イケメンアイドルを推すような気持ちだ。


 なんていう、オバサンの下心はさておき、私は手についた土をぱっぱっと払って、よしと決意を固めた。




この世界で、生きていくことができるなら。

それこそ第2の人生を歩むのも悪くない。


そうして私は、その美少年,ルドと一緒に、このお屋敷で暮らしだしたのである。

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