第5話

変わり者の追跡


ー黒猫sideー

ランプの小さな灯りが俺を照らした瞬間、胸の奥にざわめきが走った。

――危ない。

理屈もなく、俺の体は反射的に動いていた。


「にゃっ……!」


雪を蹴って飛び出す。倉庫の影を抜け、狭い路地を駆ける。

しっぽを高く掲げ、ただ前へ。心臓の鼓動が耳に響く。

逃げなければ。俺は黒猫、街では厄介者。人間に捕まれば、また石を投げられるだけだ。


「待って!」


背後から声が響いた。

あの変わり者――少年が、ためらいなく追いかけてきていた。

雪を踏む足音が、迷いもなく俺のあとをつけてくる。


「……本当に追ってきやがるのか。」


呆れながらも、足を止める気にはなれなかった。

俺は路地の角を曲がり、積まれた木箱の上に飛び乗る。だがその音を聞き分け、少年はすぐに近づいてくる。

普通の人間なら、とっくに諦めているはずだ。なのに、彼の瞳には恐れも疑いもない。


ー少年sideー

「どうして、こんなに必死になってるんだろう。」


少年は息を切らせながらも、自分の胸に問いかけていた。

ただ絵を描きたいだけなら、ほかの猫を探せばいい。

でも――あの黒猫でなくてはならない。


初めて見たときの、孤独をまとったような瞳。

しっぽを誇らしげに掲げる姿。

どんなに人に疎まれても、自分の存在を堂々と示すその生き方。


「僕と同じだ……」


口にした瞬間、胸が熱くなった。

夢を笑われ、絵を破られ、それでも諦めきれない自分。

黒猫の姿に、自分自身を重ねてしまった。


「だから――逃がしたくない!」


雪に足を取られながらも、彼は前を追い続けた。


ー黒猫・少年sideー

俺は屋根へと飛び移る。氷の張った瓦が足に冷たく食い込む。

下を見れば、少年が必死に見上げていた。

手を伸ばすでもなく、ただその目で追いかけてくる。


「どうしてだ……」


思わず立ち止まりそうになる。

けれど心は叫ぶ。人間なんて信じるな、と。


再び駆け出す。

雪煙が夜空に散り、吐く息が白く伸びる。

だが、背後の足音もまた途絶えることはなかった。


「変わり者め……」


そう呟きながらも、胸の奥のざわめきは強くなる。

俺を追いかける人間は、これまで誰ひとりいなかった。

罵声を浴びせるだけで、石を投げて笑うだけだった。


なのに、あの少年は――。


ー少年ー

やがて、俺は再び狭い路地へ飛び降りた。

雪をかぶったゴミ箱を蹴り倒し、追跡を振り切ろうとする。

しかし、その音にも怯まず、少年は足を止めなかった。


「待って……! 君に会いたいだけなんだ!」


夜の静寂を破る声。

胸に響くその叫びに、思わず足が止まりかける。


俺は振り返らなかった。

ただ、しっぽを高く掲げたまま走り続けた。


――変わり者の追跡は、まだ終わらない。

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