第5話
変わり者の追跡
ー黒猫sideー
ランプの小さな灯りが俺を照らした瞬間、胸の奥にざわめきが走った。
――危ない。
理屈もなく、俺の体は反射的に動いていた。
「にゃっ……!」
雪を蹴って飛び出す。倉庫の影を抜け、狭い路地を駆ける。
しっぽを高く掲げ、ただ前へ。心臓の鼓動が耳に響く。
逃げなければ。俺は黒猫、街では厄介者。人間に捕まれば、また石を投げられるだけだ。
「待って!」
背後から声が響いた。
あの変わり者――少年が、ためらいなく追いかけてきていた。
雪を踏む足音が、迷いもなく俺のあとをつけてくる。
「……本当に追ってきやがるのか。」
呆れながらも、足を止める気にはなれなかった。
俺は路地の角を曲がり、積まれた木箱の上に飛び乗る。だがその音を聞き分け、少年はすぐに近づいてくる。
普通の人間なら、とっくに諦めているはずだ。なのに、彼の瞳には恐れも疑いもない。
◇
ー少年sideー
「どうして、こんなに必死になってるんだろう。」
少年は息を切らせながらも、自分の胸に問いかけていた。
ただ絵を描きたいだけなら、ほかの猫を探せばいい。
でも――あの黒猫でなくてはならない。
初めて見たときの、孤独をまとったような瞳。
しっぽを誇らしげに掲げる姿。
どんなに人に疎まれても、自分の存在を堂々と示すその生き方。
「僕と同じだ……」
口にした瞬間、胸が熱くなった。
夢を笑われ、絵を破られ、それでも諦めきれない自分。
黒猫の姿に、自分自身を重ねてしまった。
「だから――逃がしたくない!」
雪に足を取られながらも、彼は前を追い続けた。
◇
ー黒猫・少年sideー
俺は屋根へと飛び移る。氷の張った瓦が足に冷たく食い込む。
下を見れば、少年が必死に見上げていた。
手を伸ばすでもなく、ただその目で追いかけてくる。
「どうしてだ……」
思わず立ち止まりそうになる。
けれど心は叫ぶ。人間なんて信じるな、と。
再び駆け出す。
雪煙が夜空に散り、吐く息が白く伸びる。
だが、背後の足音もまた途絶えることはなかった。
「変わり者め……」
そう呟きながらも、胸の奥のざわめきは強くなる。
俺を追いかける人間は、これまで誰ひとりいなかった。
罵声を浴びせるだけで、石を投げて笑うだけだった。
なのに、あの少年は――。
◇
ー少年ー
やがて、俺は再び狭い路地へ飛び降りた。
雪をかぶったゴミ箱を蹴り倒し、追跡を振り切ろうとする。
しかし、その音にも怯まず、少年は足を止めなかった。
「待って……! 君に会いたいだけなんだ!」
夜の静寂を破る声。
胸に響くその叫びに、思わず足が止まりかける。
俺は振り返らなかった。
ただ、しっぽを高く掲げたまま走り続けた。
――変わり者の追跡は、まだ終わらない。
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