第2話
週末の大通りの出会い
雪がちらつく週末の夜、大通りは人の声と足音で賑わっていた。
石畳には街灯の光が滲み、露店の赤い灯りがまばゆく揺れる。
屋台からは香ばしい匂いが漂い、笑い声や呼び込みの声が入り混じっていた。
俺――ホーリーナイトは、その喧騒の中を音もなく歩いていた。
人々の視線を避け、物陰を縫うように進みながらも、誇り高くしっぽを掲げていた。
「黒猫だ、縁起が悪い」
「見ろ、あの目……不気味だな」
背後から囁きが漏れる。だがそんなものは聞き慣れている。
この街で生きる以上、俺は常に厄介者だ。
鍵しっぽの誇りだけが、俺を俺たらしめる証だった。
だが、その夜は少し違っていた。
「おや、迷子かな?」
頭上から降ってきた声に、思わず足を止める。
見上げると、十代の終わりか二十歳そこそこの若い男の子が立っていた。
乱れた前髪の下からのぞく瞳は澄んでいて、どこか眠たげだが優しい光を宿していた。
肩には乾ききらない絵具の跡、抱えたスケッチブックの端は雪で濡れている。
彼は場違いなくらい穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ほら、寒いだろう?」
少年はしゃがみ込み、ためらいもなく両腕を伸ばす。
俺は身を低くして後ずさったが、気づいたときにはその手にすくい上げられていた。
あまりにも自然に抱き上げられたせいで、抵抗の一瞬を奪われた。
「今晩は、素敵なおチビさん。……僕ら、よく似てるね。」
その声はあまりに真っ直ぐで、心臓の奥を不意に打った。
俺は一瞬、息を呑んだ。
人間の言葉が、こんなにも真っ直ぐ届いたことはなかった。
だが同時に、全身に恐怖と警戒心が走る。
人間に触れられたことなど、これまで一度もない。
信じてはいけない。心を許してはいけない。
俺は必死に心の中で繰り返した。
「ふん、人間なんて信用できるか。」
胸の奥で呟いた瞬間、俺は爪を立てた。
鋭い一撃が少年の細い腕に赤い傷を刻む。
驚いた声が夜の喧騒に混ざった。
「うわっ……!」
俺は暴れて腕を振り切り、雪を蹴り上げて逃げ出した。
人々の足元を縫うように駆け抜け、白い粉雪を散らしながら角を曲がる。
振り返ると、少年は大通りに立ち尽くしていた。
引っかかれた腕を押さえながらも、その瞳はまだ俺を真っ直ぐに見ていた。
怒りも恐れもなかった。ただ、消えない温かさがそこにあった。
……どうしてだろう。
逃げ切ったはずなのに、胸の奥にざわめきが残る。
その言葉も、その眼差しも、どうしても振り払えない。
俺は鍵しっぽをピンと立て、旗のように掲げながら夜の闇へと姿を消した。
週末の大通りで起きた小さな出来事。
それは、俺の孤独な夜に初めて差し込んだ灯火のようだった。
NEXT 残された痕跡
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