第1話
黒猫
俺の名前は――いや、正確にはまだ名前なんてものはない。
街の人間たちは、ただ「黒猫」と呼ぶだけだ。
呼ぶ、というよりは罵る、のほうが近いかもしれないな。
「不吉だ」
「悪魔の使いだ」
そんな言葉を浴びせられ、石を投げられることもしょっちゅうだ。
それでも俺は闇に紛れて、ひっそりと歩く。誰にも気づかれずに。
けれど、本当は俺にだって名前がある。
――ホーリーナイト。
誰かに呼ばれたことは一度もないが、胸の奥で自分にそう名づけている。
名前もなくただ蔑まれるだけでは、俺の存在があまりに軽すぎるからな。
そんな俺にも、ひとつだけ誇れるものがある。
それは、このしっぽ。
ほら、先がくるりと曲がっているだろう。
「鍵しっぽ」と呼ばれる特別な形だ。
人間のあいだでは、幸運を引っかけてくるだの、不吉を呼び寄せるだのと噂されているらしい。
だが俺にとっては、紛れもなく誇りだ。
この鍵しっぽがあるから、俺はただの黒猫じゃない。
走るときは風に揺れ、木の枝に引っかければぶら下がることもできる。
子猫を助けるときだって役に立つし、仲間の猫たちからは「器用なしっぽ」と一目置かれている。
ふふ、こうして語っていると、少しだけ胸が張れるな。
街を歩くとき、俺は鍵しっぽを高く掲げて歩く。
人間たちは気づきもしないが、それでいい。
俺は俺の誇りを掲げて進む。
孤独でも、罵られても、石を投げられても。
この鍵しっぽは俺の旗。
そして名前は、ホーリーナイト。
俺の夜は、まだ始まったばかりだ。
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