雪に眠る騎士

逢樺

プロローグ

雪が静かに降りしきる夜の街。

石畳は白銀に覆われ、灯りの乏しい路地を照らすのは、街灯の淡い光だけだった。

その闇を切り裂くように、一匹の黒猫が歩いていた。


黒猫――それは古くから不吉の象徴とされた。

人々は彼を見かけるたび、口々に囁き、冷たい視線を投げかけた。


「悪いことの前触れだ」

「黒猫を見たら、災いが訪れる」


子どもたちは石を拾い、大人たちは顔を背けた。

何度も罵られ、何度も傷つけられても、その黒猫はしっぽを高く掲げて歩き続けた。


彼には、誇りがあった。

名もなく、誰にも呼ばれることのなかった存在。

それでも、胸の奥にだけ灯っている小さな名前があった。

決して消えることのない、自分自身を守るための名前――騎士(ナイト)。


孤独は雪よりも冷たく、世界はあまりに広く遠かった。

それでも黒猫は生きることをやめなかった。

罵声にも、石にも、凍てつく夜にも屈しない。

ただ一つの誇りを胸に、前を見つめ続けた。


彼はまだ知らない。

その歩みが、やがて一人の人間と出会い、ひとつの使命を背負わせることを。

そして、その小さな黒猫が「聖なる騎士」と呼ばれる日が来ることを。


雪の中を進むその姿は、孤独でありながらも、どこか誇らしげだった。

闇を切り裂く小さな影――それが、物語の始まりだった。


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