SCENE#97 通り雨

魚住 陸

通り雨


第一章 琥珀色の雨





静かな午後、退屈を持て余していた高校生のアキラは、窓の外を眺めていた。空には厚い雲が広がり、今にも雨が降り出しそうだった。その日、アキラは祖父から譲り受けた古い懐中時計を身につけていた。それは、琥珀色の文字盤を持つ不思議な時計で、時を刻む音が時折、優しく響く。





「また雨か……。つまらないなあ、この天気じゃどこにも行けないし…」アキラはため息をついた。





ぽつり、と窓に水滴が落ちた。しかし、それはアキラの知っている雨の色ではなかった。透明でも、白く濁ってもいない。それは、文字通り琥珀色だった。地面に落ちた水滴は、弾けるたびにきらきらと光り、甘い香りをあたりに広げた。





「なんだ、これ……?きれいだけど、変な雨だな…」




アキラは不思議に思いながら、窓を開けて手を伸ばした。一粒の琥珀色の雨粒が手のひらに落ちると、じんわりと温かく、そして、微かに時を刻むような鼓動を感じた。





「うわっ、熱い!」





その瞬間、アキラの体は光に包まれ、視界が歪んだ。






第二章 時間の抜け道




気がつくと、アキラはどこか見知らぬ場所に立っていた。周りには、見たこともない奇妙な植物が生い茂り、空には琥珀色の雨が降り続いていた。そこはまるで、時間の流れから切り取られたかのような場所だった。





「ここはどこだ……?夢でも見ているのか?」アキラはあたりを見回した。





「ようこそ、時間の抜け道へ…」優しい声が聞こえた。




声のする方を向くと、そこには一人の老人が立っていた。老人はアキラが身につけている懐中時計と同じ、琥珀色の瞳をしていた。




「えっ?誰ですか、あなた?」アキラは身構えた。





「心配しなくていい…私はただの案内人だ!」老人はにこやかに言った。




「その懐中時計は、時間をつなぐ鍵。琥珀色の雨が降る時だけ、ここへ来ることができるんだ…」




「時間の抜け道?琥珀色の雨?」アキラは頭が混乱した。




「一体どういうことですか?」




老人は静かに語り始めた。「この場所はな、過去と未来、そして現在が交差する『時間の抜け道』だ。そして、琥珀色の雨は、失われた時間や忘れ去られた記憶を洗い流し、新しい時を生み出すためのものなんだよ…」




「そんな馬鹿な……。まるで物語の中の話みたいだ…」アキラは呆然としていた。






第三章 忘れられた記憶




老人に連れられ、アキラは「時間の抜け道」を歩き始めた。道中、アキラは様々な光景を目にした。それは、過去の出来事や、誰かの忘れられた記憶だった。




「見てごらん。あれは過去の記憶だ…」




老人が指差す先には、小さな女の子が雨の中で泣いている光景があった。彼女は大切なぬいぐるみをなくしてしまい、途方に暮れていた。





「あの子……まるで僕の小さい頃みたいだ…」アキラは胸が締め付けられる思いだった。





さらに進むと、古い街並みの中で、楽しそうに笑いあう若い男女の姿があった。




「え?あれって……もしかして、おじいちゃんと、おばあちゃん?」アキラは目を丸くした。





老人は言った。「琥珀色の雨は、失われた記憶を呼び覚ます。君の懐中時計は、君自身の記憶と、君の祖父の記憶を結びつけているんだ…」





アキラは、懐中時計を握りしめた。




「おじいちゃん……僕に、何を伝えたかったんだろう?」




すると、祖父がなぜ自分にこの時計を譲ったのか、その真意が心の中にじんわりと広がっていった。それは、祖父がアキラに、過去の記憶を大切にしてほしいと願っていたからだった。





「おじいちゃんは、僕にこの時計を通して、大切なことを教えたかったんだな…」アキラはつぶやいた。






第四章 未来への一滴




さらに進むと、道は二つに分かれていた。一方は過去へ、もう一方は未来へと続いていた。老人はアキラに選択を迫った。





「さあ、どちらへ進む?君がこの場所に来たのは、きっと意味がある。未来の君に、何かを伝えたいことがあるのだろう…」




「未来の僕に……?何を伝えればいいんだ?」




アキラは戸惑った。その時、再び琥珀色の雨が手のひらに落ちた。雨粒が弾けると、一瞬だけ、未来の自分の姿が見えた。それは、大人になったアキラが、どこか寂しげな表情で空を見上げている姿だった。





「未来の僕……僕が……寂しそうにしてる。何かあったんだ…」




アキラは決心した。「僕、未来の僕を救いたい。未来へ行きます!」





そう言って、アキラは懐中時計の文字盤をゆっくりと回し、未来へと続く道を進んだ。道を進むごとに、周りの景色は変わり、現代の街並みが現れた。しかし、それはどこか色褪せて見えた。未来のアキラは、大切な何かを失ってしまったようだった。






第五章 新しい時を刻む




未来のアキラの前に、現在の自分が現れた。未来のアキラは驚き、そして、戸惑った。




「どうしてここに……?まさか、これも夢なのか?」未来のアキラは目をこすった。





「僕は、君の過去の自分だよ…」現在の自分が言った。




「琥珀色の雨に導かれて、ここに来たんだ…」




「過去の僕……」未来のアキラは、どこか寂しげな表情で空を見上げながら言った。




「僕は、大切な人を失ってしまったんだ。だから、もう時を前に進めることができないんだ…」




現在の自分は、未来のアキラに祖父から譲り受けた懐中時計を見せた。




「この時計は、失われた時間や忘れられた記憶を、新しい時間に変える力があるんだって。おじいちゃんが、僕に教えてくれたんだ…」




そう言って、アキラは懐中時計を未来の自分の手のひらに置いた。




「この時計が……僕に、新しい時間をくれるのか?」




未来のアキラは、懐中時計をじっと見つめた。その瞬間、懐中時計は琥珀色の光を放ち、二人の体が温かい光に包まれた。





気がつくと、アキラは自分の部屋に戻っていた。窓の外では、さっきまで降っていた琥珀色の雨が、いつの間にか止んでいた。手のひらには、懐中時計が握られていた。しかし、文字盤はほんの少しだけ輝きを増し、時を刻む音が、以前よりも力強く響いているように感じられた。





「これで、未来の僕も、きっと大丈夫だ…」




アキラは窓の外を見つめ、空に虹がかかっているのを見つけた。それは、琥珀色の雨がもたらした、新しい時間への道しるべのように見えた。アキラは、未来は変えられるという希望を胸に、静かに、雨上がりの空に微笑んだ…

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