第25話:逆立ちがもたらしたもの

 外は眩しかった。

 ハロルドに手を引かれて歩くだけで、何もかもどうでもよくなる。

 一体どこに連れて行くつもりなのか。


 まさか、デ、デ、デート……!?

 いつもの荒れ果てた開拓地じゃなくて、華やかな場所に連れて行って、ふさぎこんだ私を励まそうと。

 そして、この手つなぎ状態を、領地の人たちに見せびらかすつもりなのか。

 公認か! 先に、公認させようってか!

 くう〜〜。憎いやつ。手堅いやつ。悪くないわっ!


 なんて妄想は一瞬で散った。

 歩く先は、通い慣れた畑への道だった。


「ちょっと、畑じゃないでしょうね?」

「黙ってろ」

「あーい」


 本当に畑に連れていく気? 誰もいないのに?

 作業が止まってひどいことになってるとか。

 うわあ、あり得る。

 お前が怪我をしたせいで、こんなことになった。みたいな。事実を淡々と見せつけて、有無を言わさず反省させる。ある!

 まあでも、それくらい痛みが伴う薬じゃないと、私の自分勝手は治らない。

 そうなんだよ。


 ――畑に出た。

 誰もいない。はずだったのに。


 そこには、働く人影があった。たくさんあった。

 くわを振り、種を植える村人たち。

 桶を持った子どもが、こぼさないように慎重に歩いている。

 誰かが遠くで歌を歌っている。笑い声も、いろんな場所で。


「そこ、右側が甘いぞ!!」デントが無駄に張りのある声で叫び、「水が足りませんので、手が空いている方はそちらへ」カノンは淡々と指示を出していた。

 そして、開拓くん三号は圧倒的な存在感を放っている。


 アメリアは立ち尽くした。


 世界が、勝手に動いている。

 私がいないのに、じゃない。

 私なんていなくても、じゃない。

 私がいない間も、だ。


 ハロルドがそっと手を離し、背中に触れた。


「歩けるか?」


 うなずく。二歩、三歩。畑の近くまで進む。


「見ろ。これが現実だ」

 ハロルドの声は遠くから響くようだった。

「これが、お前さんのやったことだ」


 アメリアは、まばたきをした。

 返事はできない。


「この光景は、紛れもなくお前のおかげだ」


 胸が痛い。


「俺もデントも、これまでの誰も、こうはできなかった。土を変えたんじゃない。人を、動かしたんだ」


 息が震える。


「逆立ってバカみたいな格好で、だけど、お前はいつだって前見てんだ。面白そうにしてんだ。……それを見ると、つい手を動かしたくなる。くわを持ちたくなる。水を運びたくなる。やってみようって気持ちが、強くなる。それを仕掛けたのは、お前だ、アメリア」


 ハロルドは言葉を区切り、アメリアの顔をまっすぐ見る。


「この俺さえ、動かしてんのはお前だ。それでもまだ、価値がねえなんて言うのか。……ふざけんな」


 視界が滲んだ。


「私……」


 言葉にならない。

 だけど、言葉はどうでもよかった。胸の中が温かくて、痛い。何かがすっと解けていく。


 包帯の右手を抱きしめる。

 痛みはまだ残っている。けど。


 ようやく、自分を少しだけ認められる気がした。

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