第24話:ネガティブスパイラル・スペクタクル

 アメリアは寝転んで、天井を睨んでいた。

 右手の包帯はまだ新しい。カノンが朝替えてくれたばかり。痛みは引いたが、まだしっかりとは動かせない。利き手の怪我が何かと不便だった。当然、逆立ちはできない。開拓作業は、中断したまま。


 暇。

 暇すぎる。


 ベッドの端に座って、右手を膝に置いて、何をするでもなく、天井を見る。もはや天井の木目の節の数まで把握した。


 やることがないと、余計な考えばかりが頭に浮かぶ。

 『お前は無価値な存在だ』

 デントの言葉がよみがえる。あの憎たらしい笑顔と共に、脳内を支配していく。


 スキルは役立つけど、実際に泥臭い仕事をしているのは、領地の人たちだ。くわを振って、種をまき、水を運ぶ。……自分はただ、逆立ちをして、ちょっと土を目覚めさせているだけ。それって、都合のいい道具と変わらないんじゃないか。逆立ちマシーン。へへ。


 ……はあ。


 デントに、「使える」と、さも道具のように言われたのはむかついたけど、あれは図星だから、腹が立ったのではないか?

 こういうとき、また自分がわからなくなる。なんでこうも、悩んでしまうのか。同じことをグルグルと。実は私って、けっこうなメンヘラだったり? いや……これ以上モテ属性を足したら、大変なことになる。


 それに、ハロルド。

 結局、あの後、お見舞いに一度も来てくれない。怒っているのだろう。暴走して怪我して迷惑かけているわけだし、仕方ない。

 だとしてもさ。

 お見舞い来いよな。

 普通に。

 相棒が怪我してんだから、来いよな。支えるって、逆立ちだけじゃなくて、こういうメンタルケア含めて、支えるってことじゃないの?


 うう。


 こうやって、嫌な気持ちにばっかりなって。

 やっぱ、動いてないとダメかも……。


 うう。


 天井を見つめて、何度目かわからないため息をつく。

 そのとき、玄関が開いた。カノンが買い物から帰ってきたのか。ああ。プリン、買ってきてくれたかな? 早く食べたい。それでプリンプリンになって、うふふ、プリンプリンって、あはは。プリン食べて、プリンプリン。ふふふふ。はっはははっははは……はあ。


 扉が二回、ノックされる。

 返事をする気力もない。数秒の後、扉が開いた。そこから顔を出したのは、プリン。ではなく、ハロルドだった。


「なんだその顔」

「……っ! な、なんで」

「なんでって、見舞いだ」


 そう言って、ハロルドは小ぶりの梨を置く。この土地では、果物だって貴重だろうに。


「空気が澱んでるぞ。ちゃんと換気しろ」


 ハロルドが窓を開ける。新鮮な空気が入ってくる。

 アメリアは顔を背ける。


(やばい。どうしよう。たった数日ぶりなので、めっちゃドキドキする。うわーやばい)


 ハロルドが近くの椅子を引いて、アメリアのそばに腰掛ける。


「怪我の様子はどうだ?」


(近っ! 寝癖かわいっ! でも見れない!!!)


「べ、別に。普通」


 アメリアはそっぽを向いたまま言う


「それは何より」


 ハロルドは言いながら、ちょっと気まずそうな仕草をする。

 アメリアはアメリアで、ずっと視線を外している。

 で、ちょっと間があってから言う。


「……この間は悪かった。感情的になっちまった。すまん」


 頭を下げるハロルド。

 アメリアがようやくハロルドの方を見る。


「それは、おあいこさま。私こそ、ごめん」

「やけに素直だな」

「怪我もして、ごめん。支えてもらってばっかで、ごめん。生まれてきて、ごめん」

「は?」

「私、逆立ちしか取りえないし。逆立ちだって、怪我して出来ないし。そもそも逆立ちしている時点で、尊厳マイナスだし。もう存在価値なんて消滅しているっていうか」

「おい……」

「っていうか、存在価値ってなんだろうね。私、たぶん卵の殻とか、ビスケットの破片くらいの価値じゃない?」

「……」

「それも、ニワトリに失礼か。じゃあ私以下ってなんだろう。賞味期限切れの梅干しとか? 賞味期限とかないか。逆に年季があって価値あるか。ああ、もう、なんにも例えられないレベルの無価値。無の境地。ふふ、達人みたい。よっ! すごい、私、神さまになれるかも」


 延々と続くネガティブループ。

 ハロルドはしばらく呆れ顔で聞いていたが、ゆっくり息を吸った。


「おい」

「んで、私が神になったら宇宙を作り変えるでしょ? で、私が概念になるのよ。無価値っていう概念。これよ! 無価値という概念は、価値がある!」

「アメリア」

「……な、急に名前呼びやめて」

「ちょっといいか」


 そう言ってハロルドがベッドへ乗り出す。


「ま、待って……私、まだ心の準備が」

「ああ? 心の準備なんて後からついてくる」

「強引……けど、うん……いいよ」


 アメリアは身を委ねる。

 肩を抱かれて――すとんと、ベッドから立たされた。


 わかってたけど、なんかむかつく。


「ついてこい」

「ど、どこいくのよ」

「いいからこい」

「一応、怪我人だから。遠くは無理よ」

「うるせえなあ」


 そう言って、ハロルドが左手を握った。そのまま外へ出ていく。

 左手に伝わる体温が、心臓まで伝わるようだった。

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