第11話:逆張りの理由、向き合う私

 ずびぃーーーーーー。

 思いっきり鼻をかんだ。

 顔はぐっちゃぐちゃだ。


「お嬢さま。この土地ではティッシュも貴重ですので」

「うるさいっ! 今ぐらい、うう、泣かぜてえええーーーー!」

「……ふふ」


 カノンが目を細める。


「笑うなっ! くそっ!」

「ざまあみろです」

「わかってるよ! そんなの、ぜんぶ、わかってる! クソみたいな生き方をしてきたツケだって……私が一番わかってる」

「でも、手遅れになる前でよかったですね」


 カノンは自分のカップにだけ、紅茶を注ぎながら言う。


「はあ? 手遅れよ! 何もかもが、手遅れよ……」


***


 思えば――。

「恋なんてくだらない」と嫌悪してきたのには、特に深い理由はないのである。


 5歳くらいで初恋はしたし、そのあとも、好きになった男の子はいるし、むしろ自意識過剰なせいで、「これ恋かも?」って勘違いする経験は人より多かったと思う。


 だけど、10歳を過ぎたころだったか。ある日、家庭教師が話してくれた。

 貴族の中でも有名で、努力の象徴みたいに語られる女性がいた。

 その人は人々に尽くし、多くの人に愛された一方で、独り身で一生を終えた。

 

 ――でもね、と先生が言った。

 いくら立派だと称賛されても、恋をせずに死んだその人生は、本当の愛を知らずに終わったのは、不幸ではないのか。本当の愛を知れば、もっと幸せになれたのではないか。


 その言葉を聞いたとき、頭の中でピキッと何かが割れた。


 なにそれ。

 不幸かどうかなんて、なんで他人が決めつけてんの?

 そもそも、その人だって恋をしなかったわけじゃないだろう。

 結婚しなかったからって、本当の愛を知らない証明にはならない。

 そもそも恋をしないと不幸なのだろうか。


 そのとき。

 本当に恋をしないと幸せにはなれないのかって、人生をかけて証明したくなったのだ。


 要するに、単なる逆張りクソやろうなわけで、不幸まっしぐらなわけだが、それでも、そのときの私は、そう決意してしまって、それからは恋愛云々には冷笑を貫いてきた。

 どうしようもなくひねくれていたけど。

 でも――あのときの私が、何も頑張っていなかったかといえば、そういうわけでもない。

 恋バナに混ざれない分、コミュニケーションを頑張らなきゃいけないし、パーティーに招待されないようにローストビーフアレルギーだと吹聴したし、バレンタインデーは毎年学校サボったし。

 本当は、恋をした方がずっと楽だと思いながら。

 それでも反逆者として生き抜いた。我ながら、頑張ったなと思う。


 同時に、周りの子だって、その子なりに頑張っているのを知っている。

 ただ、私は認めたくなかっただけ。

 こじらせすぎてしまっていただけ。

 それが、今。こんなことになるなんて――。


 ずぴぃ。

 鼻は赤くなっているだろう。


「私、さ……」


 言いかけて、涙で声がにじむ。


「……こんななんて、知らなかった。みんな、こういう気持ちと向き合ってたんだ」


 鼻をぐずぐず鳴らしながら、アメリアは唇を噛んだ。


「いまさら都合がいいって……かっこわるいんだけどさ……ちゃんと向き合うよ。これまでダメダメだった分、ちゃんと、向き合ってみたい」


 カノンは黙って聞いていた。

 アメリアがすべて吐き出したあと、静かに頷いた。


「それが一番、お嬢さまらしいです」

「……ほんと?」

「はい。泣き顔でも、目が腫れても、お嬢さまは前を見ています」


 その言葉に、アメリアは鼻声まじりに笑った。


「よし」


 椅子を蹴って立ち上がる。

 洗面台で顔を洗う。目は赤い。でも、まあいい。

 髪を結び直して、靴を履いて、玄関に立つ。


「……行ってくる」


 カノンがうなずく。


「暗いので、お気をつけて。走ると転びますので」

「走るよ。転んでも、前に進めば問題なしっ!」


 扉を開けると、夜の空気が冷たい。けれど、胸の奥で灯る熱は、もう消えなかった。アメリアは踏み出した。ハロルドのもとへ。


 ――私は、私の恋を受け入れる。ぜんぶ、伝えるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る