Miracle Wink:パート4 - 記憶の泡、深淵の光

Tom Eny

Miracle Wink:パート4 - 記憶の泡、深淵の光

Miracle Wink:パート4 - 記憶の泡、深淵の光


第一章:泡立つ海


ルナは目を閉じた。かつて、故郷の海は温かい潮風と、魚を焼く香ばしい匂いに満ちていた。二つの太陽の光はきらきらと水面を輝かせ、父の大きな手に包まれた温もりが、すべての恐怖から彼女を守ってくれた。だが、今は何も感じない。ただ、冷たい潮風が吹き抜けるように、心に空虚な感覚だけが残っていた。


シオンは、波打ち際に打ち上げられた死滅した海の生物に触れた。彼の耳には、遠い海の底から響く精霊たちの悲鳴が届く。精霊族の長として、この悲鳴は彼の心臓を締め付けた。闇のエネルギーに触れてから力が弱まった彼は、ルナをこれ以上危険に巻き込みたくないという個人的な願いと、精霊族全体の命運をかけた使命の間で激しく揺れていた。


「シオン…私の故郷の海は、どんな色をしていたのかな?」ルナが不安そうに尋ねると、シオンは彼女の手を強く握り返した。その手は、凍える手とは違い、温かく力強かった。「大丈夫だ、ルナ。君が忘れても、僕が覚えているから」彼の言葉は、ルナにとって故郷の記憶そのものになりつつあった。


足元では、幽霊が不自然なほど激しく光を揺らめかせている。時折、故郷の海の風景とは異なる、古代エルティアの失われた文明の光景を短く映し出すことがあった。シオンは、精霊の力が弱まった分、古代の知識を読み解く能力が増したことを感じていた。幽霊は、ルナの記憶だけでなく、エルティアの失われた歴史をも記録する、特別な存在になりつつあったのだ。


第二章:消える笑顔と、新たな決意


夜になると、さらに激しい津波が町を襲い、多くの家屋が破壊された。ルナは、故郷で両親と過ごした穏やかな日々を思い出そうとする。しかし、脳裏に浮かんだ家族の笑顔は、まるで水中に漂うシャボン玉のように、形を保てずに弾けて消えていく。その瞬間、温かかったはずの記憶の香りが、ただの潮風の匂いに変わってしまった。温かい故郷の料理の匂いも、何の変哲もない魚の匂いに変わり、父の大きな手に包まれた温かさも、ただの冷たい海水の感触に変わった。ルナは、その空虚な痛みに言葉を失い、シオンの手を強く握りしめる。彼女の瞳から光が消え、まるで深い海の底を覗いているかのような虚ろな表情になった。故郷の思い出を語るたびに、ルナは「もう何も覚えていられないかもしれない」という深い絶望に囚われた。


その時、ルナの脳裏に、海に沈む故郷の断片的なビジョンが蘇る。そして、過去の「視える者」の記憶を追体験する。その際、過去の視える者が**「二つの世界が混ざり合い、記憶が泡と消える」**と嘆く声を聞いた。ルナの記憶喪失は、故郷とエルティアの次元的な境界線が曖昧になることと関連している可能性がより強く示唆される。


第三章:希望の泡


翌朝、再び巨大な津波が町を襲おうとしていた。ルナは、奇跡を起こせば、また記憶が失われるかもしれないと知っていた。だが、彼女に迷いはなかった。シオンと幽霊に支えられ、彼女は太陽の光が水中に届く一瞬を待ち続けた。


「ルナ、君の心に残る、故郷の海の温かさが、この海を救うはずだ!」


シオンの言葉を胸に、ルナは目を閉じ、故郷の海の温かさを思い描いた。彼女の心臓の鼓動に合わせて、肩に止まった幽霊の光が強く脈打ち始める。幽霊は、一筋の光となって水面に昇っていき、ルナの失われた記憶の欠片と、古代エルティアの魂の記録の鍵であることを示唆した。


「希望の光の涙のダイヤモンド!」


ルナが叫ぶと同時に、空から降り注いだダイヤモンドの雨は、海を浄化し、荒れた波を鎮めていく。毒性の泡は消え、死滅しかけた海の生物が再び命を吹き返す。浄化された海からは、再び豊かな恵みがもたらされ、人々は感謝と希望に満ちた歓声に包まれる。ルナの奇跡の力は、人々を立ち上がらせる力となったのだ。


第四章:真実と、使命の重み


奇跡が去った後、村には静けさが戻っていた。波の音は穏やかになり、ただ風が吹き抜ける音だけが聞こえる。家屋の残骸から煙が細く立ち上り、沈黙が街を覆っていた。ルナは、波打ち際でひとり、静かに海を眺めていた。温かかったはずの記憶が、ただの美しい景色に変わった喪失感が、彼女の心に冷たい潮水のように染み渡る。言葉を失い、ただ静かにその痛みを胸に抱いていた。


シオンは、そんなルナの傍に寄り添い、何も言わずに彼女の手を握った。彼の内では、精霊たちの悲鳴と、ルナを守りたいという個人的な願いが激しくぶつかり合っていた。その葛藤の狭間で、彼はルナの笑顔を一瞬見た後、すぐに顔を背け、拳を強く握りしめた。


浄化された海の底の最も深い場所で、シオンは太陽族の力の根源の一部である「魂の循環を歪める装置」を発見する。それは、ルナの故郷とエルティアの次元的な境界線を曖昧にし、生命の熱と記憶を吸い取るものだった。シオンは、装置に触れた瞬間、精霊としての力が逆流し、精霊たちの悲鳴が自分の心臓に直接突き刺さるような激しい痛みに襲われた。彼はルナに心配をかけまいと顔を歪ませながらも、毅然とした態度を保とうとする。


シオンの言葉を聞きながら、ルナは装置の残骸に触れる。その瞬間、彼女の脳裏に、失われた親友や両親の笑顔が、まるで一瞬の閃光のようにフラッシュバックした。その笑顔は、かつてのぼやけたものではなく、シオンとの旅で獲得した新しい絆の光で輝いていた。この記憶は、ルナが強さと優しさを手に入れたからこそ、再生されたものだった。同時に、ルナは故郷を失った太陽族の「悲しみ」と「絶望」を追体験し、彼らの行動が「故郷を取り戻したい」という切実な願いからきていることを理解した。彼らの悲痛な叫びが、自分の記憶が消える痛みと重なり、ルナの心に鋭く突き刺さる。それは、彼らが故郷を失った絶望と、私が家族の記憶を失っていく恐怖が、全く同じものであることを示していた。


シオンの言葉に、ルナは故郷の記憶を失っていく自分の運命と、エルティアの危機が重なり合うのを感じた。失われた家族の愛と、エルティアの未来を守るため、ルナは最後の戦いに向かう決意を固める。彼女の決意は、もはや悲しみからではなく、愛する人々を守るという、揺るぎない使命感からくるものだった。


そして、ルナとシオンは、装置の残骸に刻まれた手がかりから、太陽族の本拠地である「光の神殿」への道を見つけるのだった。ルナが空を見上げると、二つの太陽の光が、再び水面に反射し、きらきらと輝いていた。それはまるで、遠い故郷の海が、二人を祝福しているかのようだった。


この物語は、ルナの個人的な喪失と再生の物語を通して、読者に普遍的な問いを投げかけます。ルナは記憶を失いましたが、人々の希望を救い、シオンとの確かな絆を得ました。これは、**「人生において、本当に大切なものは何か?」**という問いを読者の心に残します。


物語の結末は、すべての謎を解き明かさず、読者の想像に委ねる余白を残しています。太陽族の悲しみの深さ、幽霊の正体、そして「光の神殿」で何が待ち受けているのか。これらの未解明な要素が、読者の好奇心を刺激し、物語の世界に深く没入させます。

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