【第5話】気持ち悪い存在っぽい!

大学生になるといかにも大学生らしく…とでも言わんばかりに、あっちもこっちも見渡せばカップルだらけ、酒を飲んだらやれあの子が可愛いだの、あいつと付き合った別れたなんだのと常にそこらじゅう恋愛の片鱗が散らばっていた。

かくいう私も決して人のことは言えず絵に描いたような大学生活に終始浮かれっぱなしで、いま振り返ってもまさしく"青春時代"の最中にいたな、と思う(しかし肝心の勉学はというと決して褒められたものではなく、親不孝だったな、とも……)。


その頃初めて恋人らしい恋人ができたわけだが、相手はというと意外や意外、"男性"だった。そして私自身そこには何の疑念もなかったので、なーんだ、自分は皆と同じように異性が好きなんだ、とちょっと拍子抜けしたというか驚いたとというか、言うなればメタに自分を俯瞰して、へぇ、なるほどな〜と感じたりしていた。

しかしだからといって「自分は完全に異性愛者」とはどうも言い切れないような気もした。そうやって自分の感情に矛盾を感じていたし、理屈では説明のつかない複雑さが常に自分の中に居座っていたと思う。


ある日いつも入り浸っていた溜まり場(友人たちのシェアハウス)でいつものように皆でダラダラと酒を飲んでは管を巻いていると、なぜだか自然と話題が"同性愛"のことになった。


そのとき、そこにいた友人のひとりがポロッと「(同性愛って)気持ち悪くない?」と言い放った。彼は別に酒に酔っていたとかではなく寧ろシラフで、至って"いつものトーン"でそう発言していた。そのうちのもう一人が反論すると、すかさず「だって生物学的におかしいじゃん」と全く悪意のない純粋な口調で返したのだ。その純粋さが、かえって"本音っぽさ"を露骨に強調していた。

普段から保守的なことや反対にラディカルなことを言う人ではなく、どちらかと言えばノンポリな印象があった。性格的にも温厚で優しく、到底偏見などありそうにも見えない親しい友人だったからその分ショックは大きかった。

そして彼のその発言に対して憤りを感じたり、反論しようという気は不思議と全く起こらなかった。反射的に芽生えたのは、何故だか彼に対して萎縮する気持ちだった。


ーーーああそうか、これまで自分が気付かなかっただけで、これが世の中の多くの人の"普通の感覚"なのかもしれない。すなわち自分は"普通"ではない「マイノリティ」の部類に属しているのかも…極端に言えば「キワモノ扱いされて」「気持ち悪がられて」「距離を置かれて」「最終的に差別される側」なのかも、なんてことまで一瞬のうちに一気に想像してしまい、サーっと血の気が引いていく感覚がした。

同時に、自分が同性にも恋愛的な好意を持っているかもしれない、という迷い、実際過去にそれを殆ど決定付けるかのような経験があったことは隠し通さなきゃな、とひっそり心に決めたことを覚えている。


それからというもの、仮に女性に対してそういった類の好意を持ったとしても、それが男性である場合とは異なり他人に公言することを意識的に避けるようになっていた。相手が親しければ親しいほど、その意識は強く働いた。もうあのショックは味わいたくなかった。"否定される"、その果てに"嫌われる"ことが怖くて仕方なかった。

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