大森林の魔法少女OHP

机カブトムシ

隕石怪物あらわる

 某県六木町にある六木中学校の体育館。その壇上の女生徒に視線が集まる。

「自然環境局長賞。瀬川椿せがわつばき殿。あなたは自然の作文において当初の通り秀逸な作品を執筆したことをここに証します」

 校長が言葉ともに彼女へ証書を渡し、椿は長い髪を揺らして軽く頭を下げながらそれを受け取る。館内の生徒たちは拍手で彼女を称えた。


 表彰式はしばらく続き、次々に様々な理由を持った表彰者へと拍手がなされた。それを終えると数百人の生徒たちは体育館を立ち去り、廊下をギシギシと踏み鳴らしながら各々の教室へ戻っていく。


 椿の受賞を詳しく知らなかった学友の涼花りょうかが彼女へ話しかけた。

「自由課題を出すだけでもすごいのに。賞とっちゃうなんて」

「いやあ。叔父さんが猟師で、たまたまネタがあっただけだよ」

 彼女はそう言って気恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。

「かっこいい叔父さんだね」

「そうでもないよ。面白くて変な人」

 椿の表情に恋慕にも似た感情が薄く浮かんでいるのを涼花は見抜いた。

「好きなの?」

「ちょっと憧れてる」

 そう言い放った椿の爽やかな表情から涼花はその感情が恋慕でないことに気づく。とても純粋な憧れのようだと。


 教室についてすぐに帰りの挨拶が適当に済ませられ、二人はそのまま帰路につく。

 鞄を片手に暫くバスに揺られたら、道に沿って家屋があるだけの山林が待っている。

 猛暑らしからぬ茂り方をした木々や、炉のように照り返す太陽光発電のパネルをうまい具合に避けながら歩道と車道の区分けがおぼつかない道を歩いて行った。

 青い屋根の平屋の前で涼花は足を止める。

「じゃあね~」

「また明日」

 手を振りながら涼花と別れ、椿は広くなった道を歩く。少しして聞き覚えのあるバイクのエンジン音が彼女の後ろから迫ってくるのを聞き、振り向いた。

 特徴的な四角形のヘッドライトは、椿の叔父のバイクのものだった。彼女は詳しい名前など憶えていやしないが、ともかくその黒と赤で彩られた車体にも、その上の人間にも覚えがあった。

 

「叔父さん」

 そう呟く椿の横をバイクは走り去っていった。この瞬間に彼女は薄暗い色のヘルメットの中にある叔父の焦った顔を見た。

「何か……」

 椿はその表情に背筋がうすら寒くなり、走って自宅へと向かった。三世代が住む余裕のある大きな平屋があり、瀬川という表札がかかっている。

 彼女が扉を勢いよく開け、靴を脱いでリビングに駆け込んだ時には彼女の祖父と叔父、父が随分話し込んでいた。

「ツキノワじゃないのか?」「わからん。見た奴がいない」「この辺りで人を襲う獣は見たことないよな」「きちんと猟友会で話し合わないと」「早く連絡してしまおう」

 なにか大変な話だということだけを理解し、椿は自室へ向かった。学生鞄を置き、ビビッドなカラーリングの長袖長ズボンに着替える。探検用のあれこれを詰めたバッグを背負い、自身の部屋を意気揚々と飛び出した。


「椿! 今は山に行っちゃだめだ」 

 彼女は父親の怒鳴るような声に足を止める。

「なあんで!」

 すぐさま椿はリビングに向けて叫び返す。


「死体が見つかった。熊かもしれん」 

 祖父がリビングから出て諭すように彼女にそう言った。椿はしょげて、荷物を背から降ろす。そのままとぼとぼと部屋に戻り、障子越しに僅かに差し込む陽光の中スマホをいじり始めた。

 母や祖母は変わらず家にいて彼女のことを気にかけたが、父達はすぐにどこかへ行ってしまった。この非番の日に警察官である父が、猟師である叔父や祖父とどこかへ行くのが何を意味しているかを彼女は理解していた。

 電子の海に飛び込む方が、ただ怯えるよりも気楽だ。

 ほんの少しだけ話題性のある情報が彼女の目に飛び込む。

「隕石かぁ。熊騒ぎが終わったら探しに行こうかな」

 適当なことを呟きながら時間をつぶし、ごろごろするだけで日は沈んでいった。



 夜中、軽く窓を叩く音で椿は目を覚ました。襖を開けると、涼花が立っている。

「隕石探しに行こうよ」

「ええ~夜中だよぉ」

 そう言いながらもパジャマから着替え、靴を持ってきて外に出る。夜中に秘密の探検が始まったのだ。森へと静かに二人は歩き出した。

「熊が出たっていうけど」

「スプレー持ってきたからだいじょぶだよ」

 涼花が鞄からクマよけのスプレー缶を取り出す。

「暴発させないでよ」


「鉄ならくっつくよね」

 椿はライトのついたヘルメットを被り、涼花に懐中電灯を手渡す。涼花はそれを受け取った。二つの小さな明かりが森のなかに点いた。そして磁石を片手に森の中へ踏み入った。


 草木が生い茂るが、それゆえに自分たち以外の音がないことは安心感を生んでいた。すぐに、木が不自然な倒れ方をしている場所を見つける。

「あっちに落ちたんじゃない?」 

 そう言い、涼花がその同心円状になぎ倒された木々を指さす。

「ほんとだ。それっぽい」

 椿は軽く頷き、二人はその円へと歩き出した。低木を踏み越え、太い幹を乗り越えた先には小さな広場のような空間が出来ている。

 

「ほんとに隕石かも。すごいね」

 椿は一足先に広場に入ってそう言った。夜の空に星が瞬き、風もなく木々は静かに動きを止めている。


 隕石が地面に衝突した場合、同心円状に衝撃が広がることはない。地面に垂直に落ちる確率はゼロに近しいからだ。小さな隕石の落下の跡を森の中で都合よく発見できることはない。木々は視界を遮るからだ。


 涼花が夜中に出歩き、椿を夜の森へ誘うはずはない。死体が出たという話を聞かないわけがないからだ。


「星が見えるよ、ねえ涼花……」

 

 そう言いながら振り向いた椿の目に映ったのは、かろうじて人の形をした怪物だった。熊のような爪、虚ろな複眼の瞳、樹皮のような複雑な深緑色の肌。彼女の友人でないことだけは確かだ。


「あっえ。涼花? ねえ涼花!」

 顔を引きつらせて叫ぶが、友人に届きはしない。ただ怪物の目標が定まっただけのようだ。

 腰を抜かして地面に倒れ込みながらも体を引きずって椿は逃げようとする。

「涼花。涼花!」

 呼びかけは届かない。ただ森の木々の間をこだまするだけだ。


 怪物は椿の目の前までやってきて、彼女の背よりも長い腕を振り上げた。振り下ろされると同時に椿は涙ぐんだ目を瞑った。


 彼女が目を開けると、少年が立っている。瀑布のように白く長い髪、白い無縫の天衣、それが風もないのにふわりと浮いている。椿からは見ようもないが、その端正な顔立ちで怪人を睨みつけている。

 

 その眼力に怪人は弾き飛ばされ、木に叩きつけられる。そして、逃げるように二人の視界から消えた。


「気を付けろ。今だにこちらを見ている」

 少年がそう呟き、天衣が伸びて彼女を包もうと動く。しかし、天衣の動きよりも早く眩い光線が森の中から放たれた。

 

 光は、椿の腹を貫いた。服にじわりと血がにじみ、彼女は力なく地面に倒れ込む。

「熱い、何? 血?」

 自身の腹に目を向けると同時に静かで深い絶望が彼女を襲った。

「やだ。なんで。なにが」

 少年は彼女を抱きしめ、天衣は蚕の繭のように二人を包み込む。再び放たれた光線はその白い天衣に阻まれてあらぬ方向へと飛んで行った。


「私の力を授けることで君を助ける。それでいいか?」

 少年の質問に椿は頷く。彼女の口はもはや声でなく血を吹くだけの器官と化していた。

 

 暖かい光が繭の中に広がる。椿は強く目を瞑った。光は優しく彼女の体を焦がし、まったく新しい力と姿を授ける。

「私の名は久久能智神くくのちのかみ。少女よ。わが剣となれ」


 

 椿が再び目を覚ますと、彼女の体は別人のようになっていた。腰ほどまで伸びた緑髪。余裕のある開口部に無数の装飾が付いたワンピースから出る手足は、若竹のようにしなやかな強さを感じさせ、彼女が気づくことはないが瞳は翡翠のようだった。


 天衣の繭は自然と崩れ、立ち上がった椿は怪物と対峙する。


「今の姿の君は自然を意のままにできる」

 彼女の頭の中に少年の声が響き、椿は怪物に向けて右手を伸ばした。木の根が地面を貫いて現れ、怪物をがんじがらめにする。

 怪物は体を動かそうとするが、強い根の締め付けの前に動きを封じられている。


「私の友達に化けてたとしたら、あなた。喋れるんじゃないの」

 椿は冴えていた。人生のどんな時よりも。


 怪物に口はない。だが、顔が横にひび割れて口が開いた。

「話せますよ。私は高い知能を持っています。人類以上の」


「知能があるなら仲良くしてくれないの?」

「私はそのような形質の生き物ではありません。この星の物体を養分にして繁殖し、再び無数の私達を打ち上げるのです。数か月でこの星を覆い尽くす。もう三人殺しました。お友達はこうして使えるので生かしてあげていますよ」


「対話の余地は?」

「ありません。あなたを存分に痛めつけて。人間を服従させるための第一歩にした上でお友達と同じように情報を吸いますね。命だけは助けてあげます」

 椿は拳を握りしめる。木の根はさらに強く怪物を締めあげた。怪物は体にひびを入れられながらも笑う。


「お友達はまだ生きていますよ。私は元々頑丈な不定形生命体です。今も彼女を覆い尽くしています」

 

 歯を食いしばりながら拳を緩める椿の脳裏に、またもや少年の声が響く。

「……人間以上に賢いなら思考のための仕組みは大きいはずだな。それを破壊すれば倒せるだろう」

「どうせ本体の核が体のどこかにあるでしょ。壊してやるから教えな」

 椿はそう叫んで指を動かし、木の根で怪物の体をまさぐる。


「そういうことをされるのは厄介ですね」

 怪物はそう言う。すぐにその全身が輝きだした。閃光は周りの木の根を切り、その破片の中で怪物は優雅に両腕を広げた。


「この木だけではありません。すぐにあなたの手足も焼き切りますよ。中学生といえど、重い人間を二人抱えるわけにはいきませんから」

「そういうことはもう少し有利になってから言うもんだ!」

 椿は辺りの倒木に視線を向けた。すぐにそれらはミシミシと音を立てながら地面に生えてきた根に掴まれ、怪人に向けて放られる。同時に椿は走り出した。

 

 怪人は飛びあがってそれを避け、投げられてひしゃげた木々の上に着地する瞬間に薙ぐような蹴りを受けて吹き飛んだ。


 怪人は縦に一回転して地面に倒れた。追撃のために右足を振り上げた椿は、振り下ろす間に怪人の閃光を受けて空中に叩きだされ、木に体を強くぶつけて地面に落ちる。

「うぐ。どうすれば」

 椿は撃たれた腹を押さえながら立ち上がり、自身の方へ歩いてくる怪物を睨む。


「ほら。勝てないでしょう。平伏してください。このまま痛めつけられる方がすきなんですか?」

 怪物の言葉を椿は無視し、木から細い刺突剣を作り出した。


 そこで、戦いは中断されることとなる。車両が森の付近を走るエンジンの音が僅かに響いていた。乗用車が二両にバイクが一台。鋭敏に研ぎ澄まされた両者の聴力はそう捉えていた。


 五人が降りて、懐中電灯をつける。怪物はその僅かなスイッチ音を感じて、そちらの方へと走り出す。たちまち怪物は森の中へ消えた。

「まずい」

 椿はそれを追って森の中へ入った。


 五人は警官と猟師。椿の父と叔父もいた。彼らは森の中からガサガサと音がして、それが素早く自身の方へ向かってくるのに気付いた。

「熊かイノシシだ」「二人の少女が森の中だ」「もし熊なら発砲しないとまずい」「猟友会の二人も発砲していい。もし後で追及されたら俺達が庇う」「構えろ。この速度は人間じゃない」「いや、車をバリケードにするぞ」


 五人が二台の自動車の後ろに隠れ、三人の警官はピストルを、二人の猟師はライフルを手にしていた。複数の懐中電灯がボンネットの上に置かれ、煌々と辺りを照らしていた。


 森の中から怪物が飛び出した。五人は銃を構えながらその存在を凝視する。

「人間じゃないぞ」「獣でもない」「だがあの爪。おそらくは」「あの死体の犯人だろうな」「ボディカメラ付けろ」「付いてるんだよ」「構え続けろ」

 

 怪物が口を開く。

「撃ってもいいですよ。私はあなた方を殺すつもりですから」

 そして、自動車に向けて閃光を放つ。ボンネットが懐中電灯を跳ね上げながら吹き飛び、同時に皆が発砲を始める。


 本の束を思い切り叩いたような鈍い音と共に、弾丸は次々怪物の体にぶつかり、そのたびに地面へころりと落ちた。

 銃撃は春風に舞い上げられた小石のように怪物の体をひとしきり叩いたのちに止んだ。

「無意味でしょう。では殺しますね」

 怪物は歩みを進めた。彼らに向けて。

「無線だ無線」「カメラを守るぞ」「撃ち続けるしかない」「無事な方の車を出せ」「一人でも逃げるぞ」


 ハンターが最後にライフルの引き金を引き、ライフルからは弾丸を打ち切ったクリップが飛び出して金属音と共に地面に転がる。


 その音が鳴りやまないうちに。


 音もなく森から椿が飛び出し、怪物を蹴り飛ばした。怪物は農道を転がり、田んぼに音を立てて落ちる。

 すぐさま怪物が立ち上がって放った閃光は、椿の木剣の一薙ぎによって弾き飛ばされ、田んぼの中に落ちて小さな爆発を起こした。


「あなたは骨も残さないことにします」

 怪物は両手を胸の前に出し、ボウリング玉ほどの光の塊を作り出す。


 両者を照らす満月よりもずっと強い光の塊だ。

 怪物はそれを椿に向けて放った。


 椿はその光に向けて手を伸ばす。すると光は静止した。

「どっか行けえ!」

 彼女が手を振り上げると同時に、光の弾は空中に向けて放たれ、少しして爆発と共に辺りを激しく照らした。


 しばらく二人の無言のにらみ合いが続く。両者ともに上空を飛ぶ航空機のエンジン音を捉えていた。それはたまたま通りかかった旅客機か或いは……。


「……この音が軍隊のものなら。私は逃げなければなりません」

「そうだろうな。お前は侵略者インベーダーだ」


「違います。私は捕食者プレデターです」

 怪物が口を開く。口角が上がって、笑みが浮かんでいる。


「この星の大気にも少し慣れてきました。そろそろ、ずっと遠くが見えます。距離も正確にわかります」

 ごく弱い不可視光を怪物は辺りに放っていた。遥か上空まで届くような。その反射で、空の航空機を見る。


 幸か不幸か、それは空自の戦闘機であった。

「地上からレーダー照射。総務省からお叱りは来るだろうが危機回避だ」

 中東で猛威を振るった最新鋭戦闘機は、強力なレーダー波を地上に向けて放ち、上空を旋回する。

「あの隕石。だとしたら宇宙局の連中が泣いて喜ぶな」


 戦闘機から放たれた無色の極光はすぐさま地面を覆い尽くす。

「ごく小さな点です。どうやら脅威にはなり得ないよう……ぐ」

 怪物の視界は極彩色に包まれていた。人間にとって不可視の光が猛烈な明度で空から放たれているのだ。


「どうした」

「上空の存在を確認しようとしたら、光学兵器で反撃されました。どうやら、私はまだ軍隊に手を出せるほどではない。もう少し数を増やしてからにします」


「奴は随分饒舌だ。話すことで自身の言語能力を試しているんだろう」

 少年が椿に囁いた。

「……。随分おしゃべりだな。尻尾巻いて逃げなくていいのか?」

 椿は怪物に向けて叫んだ。


 怪物は何も言わずに走り出す。

 椿は追うのではなく手元の短剣を振りかぶって全力で投げた。それは怪物に突き刺さるが怪物は走り続け、彼女はその振りかぶりによって遅れを取った。

 森の中とは勝手が違う。既についた距離の差もあり、椿に追われることもなく怪物がたちまち闇夜に消えていった。

「逃げ足早いな。森の中じゃないと追いつけない」

 

 そう呟いた椿を五人がいつの間にか取り囲んでいる。

「職務質問が正解か?」「まあ不審者ではある」「魔法少女ってやつか」「どうする? 二人入って行って二人出てきたぞ」「別人だろ」


 懐中電灯で照らされながら椿は困惑した。勿論、周りの五人も困惑していた。

「ええっと。あなたは一体何者ですか?」


 椿にそう尋ねるのはまさしく彼女の父である。

「名乗っていいのかな」

 彼女は頬を掻きながら頭の中にいるようなククノチに訊いた。周りには聞こえない思念でのささやきである。

「本来の少女の姿に戻って本名を名乗れば信用はされるだろうが連れ戻される。そうすれば友達ごと奴は駆除されて終わるだろうな」

 椿は良く思案して結論を出した。

「私は大自然の神に遣わされた魔法少女。外宇宙からの脅威を感じ、それを倒すためにこの世界に舞い降りた」


 五人はその回答に顔を見合わせ、警官の一人はメモを取る。

「へえ。それでお名前は?」


「ねえククノチさん?」「考えていないな」

 椿は頭をひねった。


 彼女は結局思いつかなかった。

「考えてくれますか?」


 命名の権利が舞い込んだ五人の男たちはちょっと楽しそうに話し込んだ。

「敵は宇宙人ってことかな」「宇宙人って何て言うんだ」「地球外危険物みたいな?」

「英語でフォーじゃなかったかな」「フォーをひっくり返すか」「オーフ?」「オーフ」「綴りはどうする?」「フォーはPHOだよな」「OHPか」


「魔法少女OHPオーフというのはどうでしょうか」


「……いいかなあ」「名前なんてあるだけいいだろう」

 

「ありがたくその名前を受け取る。……私は今から魔法少女OHPオーフだ!」

 彼女がそう高らかに宣言したその時、山中にいくつもあるソーラーパネルの一つが爆発し、燃え上がった。

 直感的に椿……魔法少女は飛び出していた。その場にあるバイクに飛び乗り、何度か見た叔父や父の様子を真似てエンジンをかける。


「借りてくね、おじさん!」

 そう言い残し、魔法少女はすぐさまその場からエンジン音と共に去ってしまう。


「叔父さん? 誰か姪っ子いたよな」「まさか。俺達の年だと皆おじさんだぜ」

 

 彼らはそう言い、すぐに警官の一人が電話を取り出した。

「人食い動物と遭遇しました。署長に繋いでください」

 警察署の一人がその電話を受け取り、保留にして署長を呼ぶ。


「仕留めたのか」六木警察署署長大川達夫。

「いや、ライフルが効きませんでした。映像を見てください」同、磐梯勝見巡査。

「それで、獣はなんだったんだ」

「映像を見てください。獣じゃありません。十二番のカメラです」


「十二番だな。おい、十二番だ。なんでもいいから映像を出してくれ」

 警官の一人がスクリーンを天井から降ろし、ボディカメラの映像を流す。


「撃ってもいいですよ。私はあなた方を殺すつもりですから」

 弾丸を受けても身じろぎをしないその怪物の映像。そして、魔法少女ははっきりとその怪物に対峙する。

 署内のだれもがその映像を凝視した。


「き、機動隊だ。機動隊を呼ばねば」

「署長。ライフルが利かない相手です。警察の力では」


「あ、ああそうだな。県庁、おそらく防衛省にも何とか伝えないといけないかもしれない。切っていいな? レッカーはこっちで呼ぶ」

「わかりました」


 あれやこれやと処理が進む間にも魔法少女はバイクで駆けていた。良く見知った路地やあぜ道を突っ走り、最短経路で炎へ向かう。


 森の登山道を登りだした彼女は異様な光景を目にする。干乾びた様子の猪や鹿が力なく倒れているのだ。

 手早く栄養を摂取することに置いて、液体は非常に有益である。


 やがて燃え盛るパネルの元へとやってきた魔法少女を出迎えたものは、先ほどとは似ても似つかない蝙蝠の怪物だった。

「あんた、さっきと姿が違うね」


 蝙蝠の怪物はその言葉に応答しない。

「オーフ。こいつは恐らくあいつが作り出した別の怪物だ」「成程。なら少しも手加減しないでいいわけね」


 蝙蝠の怪物は口を大きく開け、羽ばたきで魔法少女との距離を取る。そして、強烈な音波を放った。指向性を持つそれは音の弾丸として彼女の体にぶつかり、吹き飛ばす。

「ぐえっ」

 魔法少女は直撃に呻きながらも、吹っ飛んだ先の木へ受け身を取って着地する。そう、地面とは垂直な物体に着地したのだ。

 そして彼女は木々を移り飛びながら蝙蝠の怪物を追った。木々はその移動と蝙蝠の怪物の音波によって大量に葉を散らす。

 両者の視界が一時的に遮られた。


「これだ!」 

 魔法少女が腕を振ると、大量の葉が竜巻のように蝙蝠の怪物を取り囲む。そして彼女は木でできた槍を構える。根が地中から伸びて弓のようにしなって彼女の体を撃ち出す構えができた。


「撃ち抜く!」

 根の弓が弾け、魔法少女を矢のように飛ばした。葉の竜巻に突っ込む刹那に彼女は蝙蝠の怪物を突き刺し、槍から手を離した。

 

 魔法少女は地面を転げながら着地し、蝙蝠の怪物は葉の竜巻の中に突っ込んで墜落する。葉の竜巻が収まった時、怪物は既に息絶えていた。


 炎は様子を変えずにメラメラと燃えている。

「消防車が当分来れないよなあ。逃げてもらおう」


 魔法少女は魔法の杖のように曲がりくねった枝を手に取り、空へ掲げた。淡い光が辺りを包み込み、木々が動き出す。

 それらは枝が手で、根が足であるかのように蠢き、燃えていない太陽光パネルを次々運び出し始めた。

「燃え広がるのを止められるといいんだけど」

 木々は大地を駆けずり回り、最後に数枚残った燃える太陽光パネルから逃げるように円形になって森を形成し直した。

 

「これ以上は何もできない。あの怪物を早く倒さないと」

 魔法少女は再びバイクに跨り、森の外へ飛び出した。直観に任せて行先の舵を握っていた。ひどく長い一本道の農道に出る。


 彼女は、自身の後ろに迫るエンジン音に気が付いた。

「こんな夜中に?」

 そう振り向いた魔法少女の目に入ったのは上半身は熊、下半身は自動車の怪物だった。

「キメラだ!」

 そう叫ぶと同時に彼女は葉を操り、バイクの表面に流線型を形成する。マシンはそれによって空力的に優れた形を取り、怪物との距離を延ばす。


 だが、エンジンの音は徐々に彼女の背へ迫って行った。魔法少女は両手を離して怪物の方向を向く。

「かかってこい!」

 怪物の強力なフックをびくともせずに魔法少女は受け止めた。今の彼女は魔法少女なのだ。彼女が左手で熊の鼻を殴り上げると、その鼻から青い鮮血が散る。


「やれ、オーフ。ファイトクラブだ!」「よくわかんないけどわかった!」

 漫画で見ただけの構えを取った魔法少女と、野獣らしく乱雑に腕を振る怪物は殴り合いを始める。

 暴力の押し付けい合いな一進一退の攻防が始まる。魔法少女の槍のような突きも、怪物の斧のような振り下ろしも互いに決定打とはならない。

「でりゃあ!」

 魔法少女は随分思い切る。バイクを良く掴んで自身の足を上げ、薙刀のような回転蹴りを熊の首に浴びせる。怪物は一瞬怯むが傷はない。


 熊は大きな右腕を魔法少女の真上から振り下ろし、彼女は両腕でそれを受け止めて跳ね返す。それもバイクが僅かに軋んだだけだ。

 

「それなら!」

 魔法少女はブーツの先で自動車のタイヤの金属部分、つまりリムを強く蹴った。タイヤはひしゃげながらリムを丸出しにする。


 自動車部分は滅茶苦茶な軌道を取り出した。熊は腕を振り回しだすが、最初の一撃だけが魔法少女の鼻先を掠め、後はすべて宙を切る。


 そして、制御を失った自動車はふらふらと田んぼの方へ向かう。魔法少女のバイクに追い抜かれ、距離は増していった。

「あっちは……。ごめん佐久おじさん」

 彼女がそう呟いてすぐに怪物は小さな窪みに引っかかり、水の張った田んぼに向けてひっくり返りながら飛び込んだ。

 次第に車体にも熊にもひびが入り、炎が噴き出し始める。魔法少女が振り返った時に怪物はちょうど爆裂四散した。


「涼花を見つけないと」

 研ぎ澄まされた感覚は始めの頃よりも多くの航空機が上空にいることを捉えていたが、彼女はさほど大きな事象だと思っていなかった。


 

 破裂音と共に町中を一閃の光が走る。線路にそって起きたそれは、魔法少女を駅の方へ走らせるには充分であった。

「軟体生物であるなら、列車の下部などに張り付いて種を撒けば効率的だ」「あいつ、駅で始発を待ってるってわけね」


「あれ、じゃああの光は?」「架線の電気を吸おうとしたとか」


「なるほど。てか……森の神様なのに現代にやけに詳しいよね」「私だって友達がいないわけじゃないさ。神様がみんな孤独で孤高だと思っちゃいかんよ」


「そうだよね。……友達」「ああ、取り返しに行こう」

 魔法少女オーフ、椿は決意をあらわにしながら強くハンドルを握っていた。そして友達、涼花を助けるための時間制限は着々と迫っている。


「爆装した支援戦闘機は上がった」三原央樹航空幕僚長。

「特撰群の小隊が四時ごろまでには着く」熊野満陸上幕僚長。

「日の出までに投入できる戦力としては可能な限りだな。内閣の了承を貰う暇はない。県庁との協議で災害派遣として処理する」岩城博統合幕僚長。


 戦闘機による絶え間ないレーダーによる地面のスキャン。血眼になってその怪物を追っているのであった。


 オスプレイが特殊部隊の隊員を乗せて自衛隊駐屯地を離陸した。

「確実に怪物を殺処分するぞ」「勿論だ」「これが災害派遣とはな」「獣害だ、重機関銃が必要なほどの」

 オスプレイの荷物は完全に武装した四人の隊員。そして無数の武器、機関銃付きの車両も搭載している。目的は怪物の殺処分である。


 六木町上空には戦闘機が飛んでいる。

「この爆撃で仕留められない生き物は居ないはずだ」

「ゴジラ以外はな」

 冗談めいた会話をしながらも、彼らもまた殺処分のために目標を捜索している。


 六木駅に始発の電車は夜明けごろにやってくる。それが魔法少女に課せられた時間制限であった。


 六木駅は一階がホーム、二階に改札がある。昇りに行くにも下りに行くにも階段を上り下りしなければならない。

 今日の夜番の駅員は怪物を見るや否や警察に通報し逃げ出していた。

 その駅員のおかげで六木駅には北口と南口があるが、その両方を数台のパトカーと警官たちが封鎖していた。


 彼らは突入することは出来ず、はっきりと上下に分かれた駅の形状が悪さをして中の状況も認識できていない。


 駅の中が怪物の巣のように変貌していることを知るのは、怪物自身とあともう一人だけだった。

「きっと助けてくれる。椿ちゃんが魔法少女になって」

「あれは私の敵ではありません。あなたの目の前で屈服させてあげましょう」


 自身と同じ生体組織に縛り付けた涼花を怪物は嘲笑った。

「あなたも魔法少女になりましょう」 


 怪物は涼花の頭を両手で掴む。軟体動物らしくその手は溶けだし、少女の体内へと入って行く。

 そして怪物は覚えのある魔法少女の服装を模倣し、涼花の姿をそのように仕立て上げた。軟体生物らしく彼女に取り付き、身体能力も怪物のものになっている。


「私の名前は、そうだな。魔法少女……」


「でりゃあぁぁ!」

 怪物が名前を思いつこうとしたところで駅の壁を突き破り、魔法少女オーフが飛び込んだ。 彼女は怪物の姿、怪物に体を好きにされている友人の姿に目を見開いた。


「それは……っ」

「見てのとおりです。私もこれで魔法少女」


 オーフは怪物に飛び掛かる。身軽さを生かした飛び蹴りだ。それを怪物は顔の寸前で受け止め、空中に投げる。

 魔法少女は縦に一回転をして着地し、それを確認した怪物の胸に宝石が浮かぶ。


 オーフが獣のように四足でその場を飛びのいてすぐ、宝石から放たれた閃光が地面を焦がした。

 

 両者は相手を正面に捉え、オーフは木の刺突剣を、怪物は炭素繊維の太刀を構える。

「魔法少女としての名前は、そうだな、エルハにしましょう。宇宙によって滅ぼされた街の名前ですよ」

「悪趣味な奴!」

 

 エルハは素肌を覆うように長袖に手袋、ブーツなど。暗い緑色のその恰好はまるで軍人のようである。

 対照的にオーフは鮮やかで輝かしい緑色で、宝石を身に着けた姫のようであった。 


 エルハは太刀を担ぎ、大きく横に振った。オーフはそれを空中に飛びあがって避け、天井を足場にしてエルハの目の前に着地する。

 それは短い刺突剣による突きで容易にエルハを貫ける距離である。


 オーフは数度の突きを繰り出し、エルハの服を切り裂く。あらわになった涼花の肌は怪物の有機体に覆われていた。


 彼女はすぐにその有機体に手を伸ばし、掴んで引きちぎった。


 エルハはにこやかな表情で後ずさりする。

「やはり魔法少女というのは私には合いませんね」


 エルハは涼花の体から逃げ出して辺りを這いずり回り、やがて一つに纏まって人間のような怪物になった。


 オーフ、つまり椿が初めて怪物と出会った時と同じ姿である。


 怪物は閃光をオーフに向けて放ち、彼女はそれを剣で弾く。駅構内が一瞬光に包まれるが、オーフはなんともない。


「これなら弾く先がありませんよね」

 怪物の胸元に強力な光の玉が現れる。その光はどんどん強く小さくなっていった。


 オーフは指を振る。倒れていた涼花の体を魔法らしく自身の方へ引き寄せ、駅の外へと放る。涼花はゆっくりと降りていき、警官たちに受け止められた。


 両者の間に緊迫した空気が張りつめる。満月が雲居から姿を現そうとしていた。


「準備できたようですね。決着です」

 

 月光が差し込み、暗闇の中に両者の姿を浮かび上がらせた。侵入により砕かれたガラスと壁が混じり合い、荒野に沈む夕日のような淡光が駅構内を包んだ。


 怪物は光の弾丸を撃ち出した。オーフは左手をかざし、それを不可視の怪力で受け止める。今度は弾丸を弾く先はない。

 オーフは、刺突剣を光の弾に向けて投げた。剣と弾は空中で衝突する。


 六木駅の二階部分は閃光に包まれ、頑丈な鉄骨はひしゃげる。残りの脆い部分は粉か粒のようになった建物は辺りに飛び散った。


 オーフは炎に包まれながら北口を封鎖していたパトカーの一台の上に落ちる。彼女は炎を払うようにかき消し、その場で立ち上がる。

「終わったのかな」


 彼女は飛びあがり、怪物が吹き飛ばされる先であろう南口へ着地する。辺りは消防車やパトカーで喧しくなっていた。


 吹き飛んだ瓦礫に襲われた警官たちが慌ただしく動いている中で、小さな流動体が蠢いているのをオーフは見つける。

「生きてる……!」

 

 そう呟いたオーフを流動体の目玉が捉え、滑るように逃げ出す。


「待て!」

 彼女がこう叫んで走りだそうとしたところだった。


 動き出したパトカーがそれを踏み潰した。 


「なっ」

 オーフはそのパトカーに駆け寄り、タイヤ痕の上に倒れる怪物を見下ろす。


「いずれ私の同胞がこの星にやってきます。私が死のうとも同胞は宇宙のどこかで拡散を続けている。私が死んだところで、あなた達は所詮……」


 怪物は最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。ただ人間を嘲笑いながら死んでいった。

「言い逃げされたなあ」


 辺りにオスプレイのローター音が響く。怪物の死体の扱いについて警察と自衛隊が悶着を起こしている間にそそくさと魔法少女はその場を去った。



 バイクで瀬川家に戻り、それを停める。


「ありがとね」「ああ、お疲れ様」

 ククノチと小さな会話を交わしてすぐに魔法少女は淡い光に包まれ、ただの少女に戻る。そのまま椿は息を潜めて自室に戻り、長い一晩が終わった。



 何度か太陽が昇った。椿と涼花はいつも通り帰路についている。二人は運悪く田んぼに落ちた軽トラを発見した。

「この辺って確か熊の怪物が暴れてたとこだね」

「だよね。まだ道がでこぼこしてるんだろうな。ちょっと待ってて」


 椿は涼花の微笑みを見て歩き始める。

「変身!」

 彼女は魔法少女となって、途方に暮れている青年の元へと走って行った。

 

 

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大森林の魔法少女OHP 机カブトムシ @deskbeetle

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