ヒーラー協会からの使い
日は傾き噴水広場は夕闇に包まれつつある。
俺とレイカがこの日の商売を切り上げて、その場を後にしようとした時だ。
通りに、やたらと豪華な外観の馬車が停まっているのが目に入る。
庶民的な宿や飯多くが並ぶこの地域には、おおよそ似つかわしくはなかった。
馬車の扉が開き、二人の男が下りて来る。
一方は小柄で白髪の年配の人物、もう一人は長身で茶色い短髪の若者だ。
どちらも、裾が長くて真っ白なローブをまとっている。ヒーラーである。
年配の男が身に着けるローブには、銀色の華美な刺繍が施されていた。彼が、ヒーラー協会の中でも殊更に上の地位にある証だ。
若い男の方は目つきが鋭く、やけにガタイが良かった。おまけに、厳ついメイスを携えている。
さしずめ、協会幹部とその側近兼ボディーガードといった組み合わせだと推察できた。
二人は真っすぐ俺たちの方へ近寄ってくる。手前で立ち止まると、年配の男が言う。
「お初に、お目にかかります。アイク・ライト様ですね?」
「ああ、そうだが」
「私、ヒーラー協会のルドレヒと申します。こちらは、ポレサ」
そう言って、傍らに佇む若者を手で指し示すルドレヒ。
「何か用か?」
「これより、ヒーラー協会事務局へとご同行していただきたいのですが」
「俺は別に、ヒーラー協会に用はないが」
「我々としては、ぜひ、あなたとお話がしたくあります」
ポレサは無言で、ずっとこちらへ敵意に満ちた視線を飛ばし続けている。
ついていかない訳にはいかないようだ。
彼らが、俺たちにどんな用事があるのか、把握しておく必要もある。
俺とレイカは、ルドレヒに促されるまま、豪華な馬車へと乗り込んだ。
車内も高級感に満ちており、椅子の座り心地は快適そのものだった。
片側の座席に俺とレイカ、対面する形で、ルドレヒとポレサが並んで座る。
移動中は誰もが無言だった。ポレサはずっとこちらを睨みつけていた。
十分ほど馬車は走り続け、停車する。
下りると、すぐ目の前には城と見まがう様な建物がそびえ立っていた。
ヒーラー協会の事務局である。俺がここへやって来るのは、初めてだ。
この町の中では、随一と言ってよい程、豪華絢爛で大きな施設である。
あちらの世界のビルやマンションを見慣れた俺には、さほど巨大には感じられないが。
ルドレヒに案内されて、レイカと共に館内へと足を踏み入れた。
入るとすぐ、広いロビーのような場所となっていた。天井が高く、柱も立派である。
「ここで、しばしお待ちいただけますか」
そう言って、ルドレヒたちは長く続く廊下を奥へと歩き去る。
俺とレイカは、ロビーの端に設置されたベンチに腰を下ろした。
他のベンチには、三人の白いローブの男女が座っている。いずれも歳は若く、身にまとうローブに刺繍もない。
恐らく下っ端のヒーラーたちだろう。
深刻そうな顔で、何やら話し合っている。女が、メガネの男に声を大にして言う。
「もう一度、考え直すべきよ」
「けど、条件を飲まなければ、パーティーから外される」
もう一人の男が、苦々しげな顔で言った。
「冒険者ごときになめられて悔しくないのか?」
「仕方ないだろう、背に腹は代えられない」
ルドレヒとポレサが俺達の元へ戻って来る。
「では、アイク殿、こちらへ」
そうルドレヒから声を掛けられた瞬間、若いヒーラーたちが一斉にこちらを見た。
女が、顔を強張らせつつ言った。
「アイク? てことは、あいつが……」
メガネの男がキッとこちらを睨みつける。俺の方へ近寄り、食ってかかろうとする。
「お前のせいで、俺は……」
「やめないかッ! 彼は客人であるぞ」
ルドレヒの一喝により、三人の若いヒーラーは姿勢を正す。
こちらへ向き直ると、ルドレヒは「さあ、こちらへ」と俺たちを廊下の奥へ連れていく。
若いヒーラーたちは直立不動のままだが、恨みのこもった様な目をずっと俺たちへ向けていた。
廊下を少し歩き進んで、ある部屋へと招き入れられる。
そこは応接室らしきの部屋だった。テーブルもソファも高級なのが一目でわかる。
促されるまま、俺とレイカはソファに並んで腰を下ろした。
その対面に、ルドレヒが腰を下ろす。
傍らに立つポレサが、いつの間にか手にしていた空のペットボトルをテーブルに置いた。
それを手で指し示しながら、ルドレヒが問い掛けてくる。
「この瓶を販売されているのは、あなたですね?」
「ああ」
「このようなものを、一体、どちらで入手されたのでしょう?」
「それは教えられない」
「ふむ。では、単刀直入に申し上げます。これの販売をやめていただきたい」
「そんな事、受け入れられると思うか?」
「もちろん、タダでとは言いません」
ポレサが、またもいつの間にか麻袋を手にしており、それを俺たちの目の前に置く。ずっしりと重量感があった。
袋の口がルドレヒにより開かれ、そこから、大量の金、銀貨が覗き見えた。
「応じていただけるならば、差し上げましょう」
一拍の沈黙の後、アイクは、その袋を手でルドレヒの側へ押しのける。
「断らしてもらう」
「ええぇッ?」
大きく目を見張りつつ、レイカは身をのけぞらせる。
……そんなに、驚くか?
「他に用がないなら失礼させてもらおう」
席を立って、俺は部屋を後にした。
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