性悪ヒーラーはペットボトル以下


「それ、本気で言っているのか?」


 朝早く、冒険者ギルドの館。

 建物一階の片隅には「狼の咆哮」の四人が集っていた。


 ヤナードが、恐ろしく冷たい表情で他の三人を睨みつけながら訊く。そこには、強い怒りが込められているのが伝わる。


 対するジュリアに怯む様子は微塵もなく、毅然とした態度で彼にこう言い放つ。


「ああ。今後、ギャラは、メンバー全員で平等に分ける事とする」


 冒険者のパーティーでは、依頼達成で得た報酬はメンバーで山分けにするのが一般的だ。

 が、ヒーラーだけは例外で、大抵は予め規定のギャラが決められている。さらに、そこへ成功報酬が上乗せされる。


 もちろん、他の冒険者らにとっては不平等で納得しがたい契約だ。

 ヒーラー協会から、有形無形の威圧を受け、みなが泣く泣くその条件を飲まされてきた。


 が、ジュリアからの提案はそれを完全に覆すものだった。


「そ、そんな話、私が受けるとでも思うのか?」


 平静を装いつつも、ヤナードは湧き起こる憤懣が抑えきれないようだ。肩を小刻みに震わせて、顔を歪ませている。


 館内にいる他の冒険者たちは、心配げな顔で、彼らのやり取りを窺い見ていた。

 ジュリアは動じる事なく、きっぱりと言う。


「ならば、お前とはこれきりだ」


 そう言って、ヤナードに背を向けるジュリア。


「まて、わ、私を、解雇する気か?」


 予想外の行動だったのか、目を大きく見張るヤナード。珍しく狼狽えた様子を見せつつ、慌ててジュリアを引き留める。


 デリックが、平然とした口ぶりでヤナードに言った。


「いいや、我々はただギャラの条件見直しを提案しただけだ」

「そんなバカげた条件、受け入れられるはずがないだろうッ!」

「全員で均等に分ける事の、どこがバカげているのか説明してもらおうか?」

「……ぐッ」

「受け入れられないならば、そちらが自発的に辞める形になる」


 ポールとデリックも踵を返し、三人そろって歩き去ろうとする。


「貴様ら、ただで済むと思うなよッ!」


 ヤナードが怒声を撒き散らす。振り返ったポールが不敵に笑い、問う。


「ほお、一体、どうなるっていうんだよ?」

「『協会』は、もうお前たちには、ヒーラーを派遣しなくなるだろう」

「てめえみてえな性根の腐ったヤツなら、いなくても結構だ」

「正気で言っているのか?」

「ああ。そもそも、おかしいとは思わないか?」


 ポールは、館内のいる全員に聞こえるくらいの大声で問い掛ける。


「初歩的な回復術しか使えねえ低級ヒーラーが、体を張って前衛で戦っているヤツより、ずっと高額なギャラをもらっているなんてよおー」


 取り囲むギャラリーの中には、何度も首を縦に動かしている者もあった。


 ポールの言葉には、この場にいる誰もが内心で頷いているはずだ。不釣り合いな高給を受け取り、ロクな仕事もせず、傲慢に振る舞い続けるヒーラーたちに反感を持たない訳がない。

 ヤナードは、ポールに反駁する。


「ヒーラーなしで、どうやって魔獣と戦うつもりだ?」

「ポーションを使うさ」

「はあ? ポーションなんて、ロクに使えやしない二流の回復手段だ」

「もはや、そうではなくなった」

「何だと?」


 ジュリアたちは、再びヤナードに背を向けて、館の外へ歩き出した。

 ヤナードは、呆然とした顔で、その場にただ立ち尽くしていた。


 およそ一時間後、ジュリアたちは森のやや奥へとやって来ていた。


「ポーションをくれッ!」


 大鼠メガマウスに右手を噛まれたジュリアが、ポールに向けて叫ぶ。

 それ程、重い怪我ではないが、拳は格闘家にとっての武器である。傷んだままでは戦えない。

 ポールは、即座にバッグからペットボトルを取り出す。それを、やや離れた位置にいるジュリアに放り投げた。


 彼女は、それを左手でキャッチする。


「サンキュー」


 ペットボトルの利点は、いくつも上げられる。


 まず、軽い。そして、割れない。

 これらは、運搬において極めて有利である。

 硝子の瓶の場合と比べて倍、いや、三倍くらいは運べる。

 割れる心配もないから、運搬する当人も気にせず激しく動く事が可能だ。今みたいに投げて渡すことも、容易となった。


 が、ペットボトルが真に優れた点は、それらではない。


 ジュリアは、ペットボトルの蓋を素早く捻って外す。中に入っているポーションの薬液を右拳の傷にふりかけた。

 ボトルにはまだ半分ほどの薬液が残っている。蓋を締めてポールにそれを投げ返した。


 ジュリアは、傷が治癒した右の拳で、大鼠メガマウスに殴りかかる。


 開封、密閉が容易に行える。ポーションを使用する上で、この利点は極めて大きい。

 これまでは、一度、開封したら、その場で使い切るのが一般的だった。

 が、ペットボトルであればその必要がなく、薬液を一滴も無駄にせずに済む。


「ヒーラーなしでも、十分にやれそうだな」


 デリックが、脚に受けたケガにペットボトルの薬液を浴びせながら言う。


 元来、ポーションは戦闘中の使用は推奨されておらず、補助的な回復手段と考えられてきた。

 ヒーラーなしで魔獣と戦闘するのは、あまりにリスクが高すぎる行為とみなされた。


 が、ペットボトルがその常識を覆した。


 無論、森のより深層へと潜り、さらに強力な魔獣を相手とする場合、さすがにポーションだけでは限界があるだろう。


 ただ、ジュリアたちのように、比較的低級の魔獣を狩って生計を立てている者たちならば、ペットボトルで十分対応できた。


 傲慢で、高給取りなヒーラーを雇って連れていくより、ずっと安上がりだ。

 精神衛生上も、好ましい。


 そう考えるのはジュリアらだけではなかった。

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