商人生活
翌日も、俺とレイカは噴水広場へとやって来て、きのうと同じ品々を売った。
町の一般の住民らは、「軽くて割れない瓶」という売り文句に興味こそ持つが、実際に購入してくれる者はやはり稀だった。
買うにしても、せいぜい一、二本である。
日常生活において、割れない瓶が必要な場面はそんなにないのだろう。
五本、十本とまとめて買っていくのは、やはり冒険者と思われる風貌の者たちだった。俺とは顔見知りの連中も、見掛けた。
朝早くにやって来て、十五本もまとめて購入していった三人組もいた。
確かあれは、
一方の固形食料については、さっぱり売れる気配がなかった。
これだけで、様々な栄養が摂れると説明しても信じてくれる者はいない。かくいう俺も、半信半疑なのだが。
ペットボトルと違って、その場で証明できる訳でもないのが悩ましい。
「試食してもらったら?」
昼の休憩中、レイカがそんな提案してきた。
確かに、味もわからない得体の知れない食べ物など、そうは手を伸ばしにくいのだろう。俺も買わない。
スーパーから持ってきた紙の皿に、固形食料を数本置いて、食べてもらう事にした。
実際、それを口にした人々の感想は上々で、ようやく、ちらほら買ってくれる者も現れた。
「きっと、お菓子なら売れると思うな」
商売を始めて、三日目の朝。
噴水広場へ向けて歩きながら、新たに売るとすればどんな品が良いか。
俺がレイカに訊いてみると、そんな答えが返ってくる。
「お菓子?」
「うん。あのカロリーメ……固形の食料、食べた人みんなが『おいしい』って言ってたでしょ?」
レイカいわく、あの食べ物はあくまで効率的な栄養補給を主な目的とした食品らしい。つまり、味は二の次という訳だ。
それでも、試食した者の多くは、そのおいしさに感心していた。
俺も、うまいと思った。
「スーパーには、あれよりもおいしいお菓子が色々とあるから」
「そんなに、うまいのか?」
「アイクなら、きっと、おいしいって言うと思うけどなあ」
「ぜひ、食べてみたいものだ」
歩く道の前方に、噴水広場が見えてくる。
俺は、思わず立ち止まってしまう。広場に大勢の人だかりができていたからだ。
昨日もその前日も、今の時間、あそこに人の姿は疎らだった。開店準備をする他の売り手たちがちらほらといた程度てある。
それが今日に限って、三十人程が集っている。
レイカも訝しく思っているらしく、首を傾げつつ訊いてくる。
「けさって、何かイベントでもあるの?」
「……さあ」
俺はそう応じつつ、広場の中へと歩を進めた。
そこで屯する連中は、格好や雰囲気から大半が冒険者だろうと推察できた。
俺たちにとってメインの顧客であるから歓迎すべき相手だが、あまり大勢でいられると困る。
冒険者が多く集まるような場所は、治安が悪くなりがちだ。
つい先日まで、自らもその一員だったのだが。
広場にいる一人、軽鎧を身に着けた戦士風の中年男が俺たちの方へ顔を向けた。
名前は知らないが、ギルドでは何度か見掛けた事がある。
「おい、きたぞ」
こちらを指さしながら、軽鎧の男が大きな声でそう言った。
広場にいる大半の者らの目が、一斉にこちらへと向けられる。堰を切ったように、彼らがどっと駆け寄って来て俺とレイカを取り囲んだ。
(な、何だ、一体?)
恐らく、ほぼ全員が冒険者だ。見知った顔もちらほらと確認できる。
「おい、アイク。ペットボトルっていう瓶を、お前が売っているのは本当か?」
そう問い掛けてきたのは、ギルドでは顔馴染みの弓手の若い男だった。
「ああ、そうだが……」
「俺にそいつを売ってくれ」
こちらへ前のめりになって、弓手は言ってくる。
「ぼくにも」
「私にもちょうだい」
「おいらにもくれ」
口々に言いながら、三十人ほどの集団が一斉にこちらへ詰め寄って来る。
圧の凄さに、俺は思わず身体を反らせる。
レイカも顔を強張らせて、身をすくめていた。
「ま、待ってくれ。もうあれは、そんなに残っていないんだ」
昨日までで、当初、入手したペットボトルはほぼ売りつくしてしまった。
なので、本日は固形食料をメインに販売するつもりでここへ来た。
この場にいる全員に、ひとり一本ずつだとしても数が足りないかもしれない。
これまでの傾向からして、冒険者は一組で十本くらいは平気で買っていくだろう。
「えー」
「まじかー」
「いつになれば買えるの?」
俺とレイカは、不満の声と質問の嵐に襲われる。
ゴミ箱から調達するとすれば、これだけの人数に十分行き渡らせる分を確保するには、かなりの時間を要するだろう。
が、この機を黙って逃す商人はいない。
俺は、隣で身を固くしているレイカに言う。
「ちょっと、この場を頼めるか?」
「へ?」
頓狂な声を発するレイカを残して、俺はその場から走り出した。
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