第3話 

 「ここ来る前にゲーム渡せたけど、ほんとにサツキで大丈夫なの?」

 雨宮五月の従姉妹である文月ふづきは友人にしてガーデンオブユートピアの責任者である葉月はづきに頼まれごとの報告をする。

 「渡してくれてありがとうね。多分だけど、まあサツキ君なら大丈夫だと思うよ。本人は自覚無いらしいけど、ワーハンワールドハンター重弩ヘビィボウガン使いと双剣使いとして5本の指に入るプレイヤーらしいし」


 ログイン時間とフルダイブ型の適性の高さからくるアバターの操作性で、サツキは本人が知らない所で最年少で最高難易度のモンスターをソロで討伐した実績を持っている。

 文月もかなりのゲーマーではあるが、ワーハンの最高難易度は最上位プレイヤーが最適化した装備構成に、最適化したパーティー連携をしたうえで漸くクエストクリア出来る代物で、一度挑戦した時点で諦めたレベルだ。


 「あの子なら私の理想郷にいる最強のモンスターたちの誰かを倒せるかもしれない」

 「でもMMORPGは完全に素人だしなぁ~。はっちゃんのゲームが進展するなら嬉しいけど、サツキがそれを出来るかは身内として不安だよ」

 「まあダメならダメで、サツキ君に私の理想郷を遊んでもらえるから何も問題ないよ」

 運ばれてきた紅茶に口をつけて、葉月は続ける。

 「それに少し前に私の妹もキャラ作ったし、その内一緒のパーティー組むかもね」

 「妹ちゃんもユートピア始めたんだ。もう直ぐ高2だっけ? そりゃあ楽しみですな」


 それぞれが頼んだケーキが届けられたタイミングで、姉二人は互いの戦利品と次のターゲットの話で盛り上がった。


——LOGIN——


 街を出て直ぐに位置する森林エリアに入ってすぐだった。草木を踏みしめる音が聞こえなければ反応出来ず、真横から一撃を食らっていただろう。

 「チっ、重いんだよッ!!」

 突進してきたイノシシ型のモンスターを受け止めていた片手剣を用いて、側面に受け流す。せき止める障害物が無くなり勢い余らせて、イノシシは少し離れた位置まで走っていった。


 《エネミー名:ワイルドボア》

 

 「まさか初戦闘がイノシシとは思ってなかったな...」

 しかもまだ森の入り口だし......タイミング考えて突っ込んできて欲しいものだ。


 五月雨は片手剣を中段に構え直し、ワイルドボアを視界の中心に据えた。同時にワイルドボアも五月雨の方向へと身体を向き直す。

 ワールドハンターを含めた数多の狩猟ゲームで採用されている位ポピュラーなイノシシ型のモンスター。無論、五月雨も飽きる程狩っている為、よほど特殊な個体でもない限り苦戦をする敵ではない。


 「せめてもう少しファンタジーっぽい相手が良かったな。スライムとか」

  再度、突進してくるであろうワイルドボアの狩り方を思案しながら、別のモンスターへの期待を吐露してしまう。


 五月雨の独り言に思わぬ返答がやってくる。


 「bllu!」

 「あっ聞こえてた? だったらゴメンなっ!!」


 再び駆けりだすワイルドボア。

 最小限の回避を意識し、五月雨はワイルドボアの胴へと水平に剣先を当てた。思わぬリアルな感触に少し驚きながらも、ワイルドボアの体力が少し減るのを確認した五月雨は、突進をキャンセルさせられひるみモーションをとった隙を狙って勢いよく剣を突き刺す。出血の代わりとなる赤いポリゴンが勢いよく流出と共に、ワイルドボアが叫ぶ。


 「blulaaa」

 

 致命の一撃クリティカル攻撃

 ガーデンオブユートピアには二種類のクリティカル判定が存在し、一つ目は武器ごとに設定されている理想の一撃を行えているか。二つ目はモンスターごとに設定されている急所への攻撃。

 即死判定かそれに準ずる大ダメージを与えられる無慈悲な一撃であり、ワイルドボアの体力は一気に尽きた。


 「思ってはいたけど、やっぱり赤いポリゴンだったか。これ味気というか、心躍らないから好きじゃないんだよな」

 剣を収め、全身が粒子となって霧散するワイルドボアを見送ると、目の前にウインドが表示された。

 「レベルが2に上がって、ドロップアイテム無しか」

 まあ初心者向けのエリアに住むイノシシから貰える素材なんてそこまで気にする事はないな。それよりも課題と化した感想文の為に、ここら辺のモンスターとバトルしとかないといけない。

 俺は改めて森の奥へと足を進めた。


——LOADING——


 「おっと!」

 ゴブリンからの投石を交わして、棍棒を持っている方へと向かう。獣系のモンスターを10体くらい狩った所で、ゴブリン2体からの不意打ちを食らい2割ほどHPが削られてしまった。

 「......モンスター相手ではあるけど、これ殆ど対人戦のチュートリアルだろ」

 振り下ろした片手剣棍棒で防がれ、鈍い音を響かせた。その後、数度斬り合いじわじわと互いの体力を削りあっていると——


 《警告! 武器の破損注意》


 「——は?」

 突然の警告に驚いて、素っ頓狂な情けない声が出た気がする。ってかこのゲームの武器って耐久値があるのかよ!!

 急ぎ、武器を下げて棍棒持ちからステップを踏み、遠ざかる。

 警告メッセージがどういう仕様で来るか分からないが、10体狩った程度で警告が出るのだ。数振りで壊れる可能性すらある。

 急激に体温が下がる気がしてきた。

 「GLUaa!」

 「ッ...!」

 足を止めすぎた!

 咄嗟に飛んできた石を剣で受けてしまい、片手剣に薄い亀裂が入った。

 「これは少しキツイな...」

 棍棒持ち相手に武器を失うのはきつい。俺は片手剣を納める。

 「殴る蹴るは苦手なんだけどっ」


 自信の無さを置き去りにする様に、五月雨は強く駆け出した。

 狙いは既に体力が少ないゴブリンから棍棒を奪う事。


 力いっぱいにゴブリンの側頭部目掛けて蹴りを入れる。鈍い感触が足から伝わるが、ダメージは入った。だが片手剣と比べたら断然少なく、ゴブリンは俺の蹴りを意に介さず棍棒で腰を叩く。

 「グっ」


 ゲージで見るまでも無く分かる程、確実に体力が減らされたのを理解したが、五月雨はそれでも棍棒を奪うために、手刀で手首を思いっきり叩く。


 「!? GLyulu...」

 ゴブリンのよく分からない声を聞きながらも、俺は手刀を解きそのままゴブリンの腕を掴む。気味の良いとは言えない感触を感じるが、目的の棍棒を無理やり強奪する。

 「よっし!」

 奪い取った棍棒で、俺は力まかせに脇腹に一撃を食らわせた。ただまだHPは尽きてない。

 「そのまま眠ってろ!!」

 武器を奪われたことにまだ頭が追い付いていないのか、動揺しているのか慌てているゴブリンの脳天に向けて、棍棒を勢いよく振り下ろし体力を全損させた。

 だが一体に集中し過ぎた。

 「痛った...」

 投石のゴブリンからの飛来物が後頭部に当たり、痛みと共に視界が少し揺らいだ。

 頭を抑えながら、再度の投石をしようとするゴブリンに対し身体を向ける。

 俺はお返しと言わんばかりに、持っていた棍棒をぶん投げた。それは当たりこそしなかったが投石の邪魔にはなり、俺は素早く抜刀する。

 残りの体力と武器を考えればこれ以上の戦闘はごめんだ。

 「GGya?!」

 首への横一線の斬撃。致命の一撃クリティカル判定による、即死をもって投石ゴブリンは粒子となり散る。


 戦闘終了を告げるウインドの表示と同時に、五月雨は膝をついた。突然の武器の限界破損警告、慣れない姿形をしたモンスター。

 少し荒れた息を整えながら、片手剣の刀身を確認する。

 ”譲られた直剣”の亀裂は濃くなり、ドロップした”粗雑な棍棒”にもう一度叩きつければ簡単に砕けそうに思えた。


 「いやー疲れた、疲れた。武器に耐久値があるとは思ってなかったな。残りの耐久値って武器一覧とかで見れるか?」


 五月雨は素早くドロップアイテムなどを告げるウインドを閉じ、”譲られた直剣”の耐久値を調べる。


 《譲られた直剣/◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇》


 残り1割であった。

 「んー、これまでに倒したモンスターは今のを含めると12体......これは俺の使い方の問題なのかな? まあこれ以上は今は戦えないし、一度街に戻るか」


 ログアウトしたら一度仮眠をとることを決め、五月雨は街の方向へと戻っていく。

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