観測者

透月宙

観測者

 街を見渡せる展望台には、連日多くの観光客が押し寄せる。一時間もあれば到達できる登山道であるため、本格的な装備で訪れる人はそういない。外国人はもちろん、若者のデートスポットとしてもよく利用されていて、今日も展望台へ登ってきた二十代のうら若きカップル「ワタル」と「カナコ」が、和気藹々と写真撮影を楽しんでいた。

 この話は、なんの変哲もない、ある晴れ間の出来事だ。


 「ん?なんだこれ?」


 ワタルが撮影した写真を確認すると、弾けるような笑顔に影がかかる。気になったカナコは小走りで駆け、ワタルに肩を寄せカメラのデータを覗き込んだ。


 「どうしたの?」

 「いや、こんなの写ってたんだけど、これ、なんだと思う?」


 街をバックにカナコを撮ったその一枚には、青空の一角に、鳥でも飛行機でもない異様な半円型の影が浮遊している物体が写し出されていた。

 怖がるどころか、カナコは未知との遭遇に歓喜し、ウサギのようにその場で飛び跳ねる。


 「うわ、ほんまとだ!これ、もしかしてUFO的なやつじゃない?」

 「嘘だろ…」

 「よく見てよ。飛行機でもないし、なんか変だよこれ」

 「確かにそうだな…SNSにあげてみるか!バズるかも?」

 「いいじゃんいいじゃん!あげてあげてー!」


 数年前、米国防総省が未確認飛行物体を目撃していた事実を公表してから、所謂いわゆる、UFOと呼ばれる存在は夢物語ではなくなっていた。その後、UFOに関する機密文書も次々と開示されていったが、その物体に知的生命体が搭乗しているという確たる証拠はなかったとして、「Unidentified Flying Object(未確認飛行物体)」UFOという呼び名から、「Unidentified Anomalous Phenomena(未確認飛行現象)」略してUAPと呼称されるようになった。幸か不幸か。ごく稀に、その現象を目撃できてしまう事例も少なくなく、ネット上には、今も尚UAPの目撃証言が相次いで載せられている。

 その”思わぬ奇跡”に恵まれたカップルは、SNSに写真データを投稿したのち、引き続き森林浴に興じていった。


 間も無くして下山したワタルとカナコは、滅多に酷使することのない足腰の筋肉に疲れを感じ、近くにあったカフェで休憩することにした。

 ドアノブからすべて木でできた扉を開けると、外の喧騒から切り離された静寂の空間がそこにあった。

 こじんまりとした店内には、カウンターにいる店長と、二名の青年が別々の席に鎮座している。一人はカウンター席で雑誌を読み、もう一人は奥の窓際でパソコンを開き、皆それぞれの時間を過ごしていた。


 「疲れたぁ〜!」

 「ワタル、声でかい」

 「あ、ごめん…」


 座るや否や大袈裟に疲れを表現するワタルに注意を促すカナコ。

 二人は飲み物を注文したのちしばし雑談に花を咲かせていると、ワタルは、つい先ほどSNSに投稿した写真のことを思い出し、携帯を確認する。


 「え!?」


 ワタルは携帯から目を外し、もう一度画面を確認する。


 「ちょ!めっちゃバズってる!」


 すると、つい30分ほど前の投稿が、瞬く間に拡散されて話題になっていた。

 極端に驚くワタルを今度は制止することもなく、カナコも一緒に興奮して携帯を見る。


 「マジで!?見せて!」

 「フォロワーもめっちゃ増えてるんけど・・・うわ~なんか歌でも歌ってたらよかったわ」

 「なんでよ?」

 「金儲けできてたかもしれないじゃん。勿体無いことしたー」


 テクノロジーの進化によって、庶民にでも加工技術が簡単に使用できるようになってから、さも未確認現象を目撃した程を「コラージュ」した画像は星の数ほど出回っている。しかし、ワタルの撮影した写真に関しては、プロの目から見ても加工した形跡がなく、故に”本物”と認定され、その証として如実に数字で表れてしまったのである。


 「もしかして…さっきUFOの写真を投稿された方ですか?」


 興奮冷めやらぬ間にどこからともなく声が聞こえ、ワタルとカナコは慌てて声の方向に顔を向ける。すると、先ほどまでカウンターで雑誌を読んでいたTシャツの青年が二人の席に向かって立っていた。

 身なりは見たことのない絵がプリントされたTシャツに、七分丈のGパンで、背は高くガタイがいい。何かしらの情熱に満ち溢れているせいか、見ているだけで引火してしまいそうなほど目力がある。風貌は、カップルより三十歳ほど歳上に見えた。


 「あ、はい・・・」


 物怖じしながら応えるワタルを見て、カナコは少しばかり幻滅し冷めた視線を送る。その冷気を感じ取ったのか、ワタルは、「それがどうかしましたか?」と、見栄を張って、Tシャツ青年に質問を返した。しかし、足は相変わらず震えているままだ。


 「すごい!よくあんな写真が撮れましたね。実は私、オカルトがとても大好きでして…」


 Tシャツ青年の目力が一気に緩み、三人の間に漂っていた緊迫感が解ける。カナコがふと、Tシャツ青年が読んでいた雑誌に目をやると、そこにはオカルト分野を取り扱った某有名雑誌が置かれていた。

 ほっと胸を撫で下ろすと、Tシャツ青年に悪意がないとわかったのか、カナコは懇切丁寧に言葉をかけ始める。


 「そうなんですね…よく調べていらっしゃるんですか?」

 「はい、そうなんです。宇宙人、UMA、陰謀論はもう大好物です!」


 冷静に対応するカナコを見て、ワタルも負けじと話に入る。


 「ていうか、もうこんな身近にまでこの画像が広まっているとは…!」

 「確かにそうね。ネットって怖い…」

 「いやいや、私が熱心にサーチをかけているオタクなだけですよ。ははは!」


 豪快に笑い終えたかと思うと、Tシャツ青年の目に再び力がこもり始める。


 「そこで相談なんですが…」


 二人は電流が走ったように、揃って、「は、はい…!」と反射的に返す。ワタルの足は、やはり、震えている。


 「もしよければなんですけど…その写真データ。私に譲っていただくことは可能ですか?」

 「え?譲る?」

 「あ、ちゃんとお金はお支払いしますから」


 思わぬ要望に二人が有無を言う隙もなく、Tシャツ青年はポーチから分厚い封筒を取り出して机に置いてみせた。

 まさか、とは思ったものの、念の為に恐る恐る封筒に手を伸ばしたワタルは、その重みと感触から大凡おおよその予測を立てつつ、親指と人差し指で封の口をさっと開いた。


 「マジかよっ!」


 ミルフィーユのように重なり合った何十枚の紙幣を確認して、ワタルは遠慮も考えていられないほど大きな声で驚く。カナコも居ても立っても居られないのか、封筒を持つワタルの手首をぐいっと引き寄せ中身を見ると、片手で口を塞ぎ動揺を隠した。


 「なになに!?え!?なにこれ!?本当に貰えるんですか!?」

 「もちろん」

 「詐欺じゃなくて!?あとで請求してこない!?」

 「カナコ、声でかいって!」

 「あ、ごめん」

 「でも、せっかく撮影したのにもったいないなぁ」

 「何言ってんの!?あんたが就職して一年働いても稼げないお金だよ!?」

 「言いすぎだろ!」

 「いいじゃん!どうせSNSあげてるんだし、データは残るんだから」

 「まぁそれもそうか…」


 目の色を変えたカナコの言い分に押され、ワタルは子を手放すような切なさを感じながら承諾する。


 「じゃあお渡しします。エアドロップでもいいですか?」

 「なんでも結構ですよ」


 ワタルは渋々、画像を選択し転送の項目をタップすると、送信状況が円形のゲージで表示される。メーターが達し、無事、Tシャツ青年の携帯へと行き渡ったことを見届けたワタルは、携帯から顔を上げてTシャツ青年に伺いの視線を向けた。


 「確かにいただきました。いやぁ本当にありがとうございます」

 「いえいえ、こんな大金もらっちゃって本当にいいんですか?」

 「はい、お金以上に価値のある情報なので…どうぞ受け取ってください」

 「ありがとうございまーす!よかったねぇ、ワタル!」


 誰よりもテンションが上がっているカナコに釣られ、ワタルも次第に陽気を取り戻していく。奥でパソコンを触っていたメガネ青年も、二人がはしゃいでいる間に会計を済ませカフェから出ていった。


 「では、私はそろそろ失礼します」


 Tシャツの青年もそれに続き、席に置いてあった雑誌をとると、ワタルとカナコに一礼してカフェを後にする。

 ワタルとカナコはTシャツ青年に対する会釈もそこそこに、手に入った大金に浮ついて収まらない。ワタルはもう一度、自分が撮影した写真を確認する。しかし、あるはずのデータがどこにも見当たらない。


 「あれ…?」


 不安になったワタルはSNSも確認するが、投稿したはずの記事も完全に消えていて、どこを探してもバックアップが残っていなかった。自分で操作したわけでもない。ありえない状態だったのだ。


 「消えてる…」

 「え?」

 「いや、ぜんぶ消えてる!写真もSNSのバズってたやつも!」

 「マジで?」

 「嘘じゃない!ちょっとカナコも探して!」

 「もういいんじゃない?だってお金いっぱい手に入ったんだから!なんか美味しいもん食べに行こ~」

 「えー!でもさー!」


 他の友人にも自慢してまわりたかったワタルはこうべを垂れて落ち込むが、舞い上がるカナコの旋風に巻き込まれ、大金の使い道に対する審議を問われ始めていった。


 カフェの騒がしい空気をよそに、Tシャツの青年は、同じ店内にいたパソコンを持つメガネ青年の元へ悠々と歩いてゆく。パソコンの前で立ち作業を続けるメガネ青年は、寸分の迷いもなく中指でメガネのブリッジを押し上げ、無言のままTシャツ青年を一瞥した。


 「データの方は?」


 Tシャツ青年が口を開くと、メガネ青年は再び画面に視線を移し、片手でenterを押す。


 「携帯内とネット上にアップロードされていた情報はすべて削除した。任務完了だ」


 そう言い終えると、メガネ青年はパソコンの画面をパタっと閉じた。

 Tシャツ青年は言葉を受けると、やるせない表情で空を見上げ、深い溜息を吐きだす。


 「そうか〜」

 「どうした?暗いな」

 「な~んか、少年少女の夢を奪っちゃってる感じがしてさ~」

 「若い彼らの命をデータひとつで救ったんだ。この先いくらでも夢を手にするチャンスはある」

 「…それもそうかっ」


 Tシャツ青年は、カフェの窓から楽しそうに会話しているワタルとカナコを確認すると、また微笑を浮かべ、元のテンションでメガネ青年と共に歩き出した。


 「ていうかあっさり撮られすぎだろあいつら!」

 「ほんと迂闊だよな」

 「昼間に飛び回るなってあれだけ注意喚起してるのに、やっぱり地球のモラルとあっちのモラルは違うのかね」

 「もはやダイバーシティも宇宙規模の課題だ」

 「まったくだよほんと」


 これは、何の変哲もない。”ある観測者”たちのお話。



―― 孤高の幻想作家 透月 宙

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観測者 透月宙 @tozuki_sora

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