初恋を探しましょうっ!

初恋を探しましょうっ!

 俺には好きな女子がいる。小中高同じのいわゆる幼なじみってやつだ。

 そして俺は今日、そんな女子に告白をする。

 遊ぶ約束はあらかじめ取り付けておいた。

 日曜日の今日こそ、この友達関係に終止符を打つのだ!


「私、初恋を知りたいの!」


 そんな願い虚しく、俺の恋は早々に散り果てた。

 大体の店が開店しはじめた午前。集合場所の駅前で俺は呆然と立ち尽くす。


「初恋、を、知りたい……?」


「そう!」


 目の前の女子――カンナはそう鼻息を荒くする。

 腰まで届く髪を適当に結んで、長い前髪は雑にピンで止めている。

 黒色のパーカーと、財布やスマホなどでぱんぱんに膨らんだポケット。全体的に身だしなみが整っていない。

 カンナという女子は、キラキラな女子高生とはかけ離れた生物だった。


「何が、あったの……?」


「前に描いた読み切りあったじゃん?」


 カンナは漫画家志望で、日々家に籠って漫画を書き連ねている。

 俺もたまに読ませてもらっていて、毎度メッセで感想も送っていた。


「あれを編集部に持ち込んだんだけど、そのとき編集者さんにいわれたの。『君には初恋のトキメキが足りない!』って」


「……はぁ」


 ならなんだ。何処の馬の骨ともしらない編集者とやらのせいで、俺は告白する前に振られたというのか。


「だから私は初恋のトキメキとやらを知らなきゃいけないんです。てことで、協力してー?」


 両手を頬に添えてお願いのポーズ。そんなに可愛くない顔で上目遣いをしてきた。

 しかし惚れた弱みというのは恐ろしく、これをされると断れる気になれない。


「はぁ、今日だけね」


「やたー! じゃ、行こうか」


「どこに」


 カンナはポケットから定期入れを取り出して、改札前で振り返る。


「初恋を探す旅に!(定期の範囲で)」


 ◇


 俺たちの通う学校は県の中でも一番栄えた場所にある。

 そして栄えた場所ならば、大体なんでも揃っている。ならば初恋もあるはず。ということでやってきた栄えた街のでかい駅。

 壁には特大の広告が貼られていて、男性アイドルたちの顔がドアップで並んでいた。

 カンナはそれを至近距離でじぃっと見つめている。

 それじゃあ顔見えんだろ。


「どうだー、初恋ありそうかー」


「んー、確かにイケメンなんだけどなぁ。顔の違いが分からないんだよなぁ」


「なさそうかー」


「あ、ちょっと待って」


 カンナはそういうや否や、ポケットから鉛筆と小さなスケッチブックを取り出した。

 端っこにいた一人のアイドルを、熱を孕んだ瞳で眺めている。

 もしかして初恋が見つかっ――


「この人の顔の造形、めっちゃいい! 秒で模写るから、ちょっとまってて!」


 違うらしい。カンナは駅の隅っこに座り込んで、アイドルをスケッチブックに描き始めた。

 写真を撮っておけばいいものを、カンナは「その場で描かなきゃ意味がない!」とペンを離さない。

 俺は漫画やアニメは好きだけれど、創る側には疎い。そういうものなんだろうかと、広告のアイドルにご執心のカンナを眺める。


「っし終わった。で、次どこ行こ? 初恋がありそうな場所!」


 模写が秒で終わることはなかったが、五分程度で終わったから許すことにする。

 しかしお腹がすいた。どこかで腹いっぱい食べられるとこないかなぁ。


「喫茶店、とか?」


 空腹に正直に、そんなことを言ってしまった。 


「ふむ、その心は」


「え? えっと、ほら。運命的な出会いありそう、だから?」


 下手な占いみたいなことを言ってしまった。腹がすいてるだけなのに。


「んじゃ行こー!」


 そんな俺の心緒はつゆ知らず、カンナは片手を上げて楽しそうに言った。


 ◇


 行ったことない喫茶店の方が運命的な出会いがありそう、とのカンナの要望で、俺たちは家と学校の中間ぐらいにある駅で降りた。

 駅の周りをブラブラと歩いて、早速見つけた知らない喫茶店に入る。

 思ったより広い。県内にいくつか店舗があるタイプの店のようで、中は学生や外国人観光客などで結構混みあっていた。


「初恋、見つかりそ?」


「んー」


 カンナは眉間に皺を寄せて店内を見渡す。


「ダメだ、見つかる気がしないのよ」


 すると店員さんがやってきて、さっき頼んでいた飲み物を置いてくれた。

 俺はクリームソーダで、カンナはアイスコーヒーだ。

 カンナは明るい笑顔で店員にお礼を言った。

 彼女は昔から根明な人間である。

 学校でもあんな身だしなみをしておいて、虐められないどころか、友達に囲まれているぐらいだ。

 それでも最低限身だしなみは整えろと思うけど。

 どんな人にも明るく接するところは、紛れもない彼女の美点だと思う。

 漫画に執着してさえいなければ、彼女は今頃きっとクラスの中心人物になっていただろう。

 なんて思いながら、ストローを咥えた。

 クリームソーダの人工的な甘さが広がる。嚥下する度に炭酸が喉で弾けて爽やかだ。


「ちょ、ストップ!」


 カンナがスケッチブックと鉛筆を構えている。またなんか描くのだろうか。


「どうした」


「喉仏だよ! さっき動いてた!」


「そりゃ、クリームソーダ飲んでたし……」


「嚥下したら動くってこと⁉︎ 描かせて!」


「いいけど……」


 こうなったカンナは止められない。俺は呆れを含ませながら許可をだした。

 するとカンナが席を立つ。と思ったら俺の隣に座って、その顔を俺の首元まで近づけた。


「え、ちょ」


「いいから。飲んで」


 有無を言わせぬカンナの命令。言われた通りクリームソーダを嚥下する。共にカンナが鉛筆を走らせる。


「もっと。飲んで」


 飲む。カンナが描きやすいように一定の感覚で。

 嚥下する度にカンナの目が見見開かれて、鉛筆が紙と擦れる音がする。

 カンナの息が首に吹きかかってこそばゆい。けど、それを理由に離れてもらうのも負けな気がして、動けない。

 いつの間にかクリームソーダはなくなっていたが、どんな味だったかは覚えていない。

 カンナが嬉しそうに俺の喉仏の絵を見せてくれたが、もう、それどころじゃなかった……。


 ◇


 喫茶店でガッツリ食べたあと、色々なところを回ってみた。

 ゲーセン、映画館、ショッピングモールに百貨店。けど初恋なんて見つかることはなく、元の駅に帰ってきてしまった。

 空もすっかり蜜柑色に染まっていて解散の頃合だ。


「あー、楽しかった!」


 カンナが両手を上げて背伸びをする。初恋探ししてたのに、すっかり忘れて遊びを満喫してやがる。

 俺は思わず呆れのため息がこぼれ落ちた。

 そういえば俺、今日告白するつもりだったんだよなぁ。初っ端から砕かれたけど。

 そんなことを思いながら虚しさに浸っていると、ふと思った。

 どうして俺はカンナのことが好きなのだろうか。

 小学生の頃から一緒の幼なじみってこと以外に、カンナに特別なところなんてあっただろうか。

 そりゃ漫画バカでちょっと人の目に疎いところは特別だろう。悪い意味で。

 花の女子高生、といわれる括りに入るカンナは、花は花でもドクダミだ。

 周りには百合やボタンが咲き乱れているのに、どうして俺はカンナに執着しているのだろうか。

 初恋が砕けたこともあってか、俺はどこか一歩引いた目線でカンナを見ていた。


「あ、今何時だろ」


「え、あーっと」


 カンナの言葉で俺はスマホを取り出した。

 さっきまで上の空だったからだろうか、指に上手く力が入らず、そのままスマホを落としてしまう。

 やっべー。と零しながら俺がしゃがむ前に、カンナが俺のスマホを拾い上げた。


「あー、ごめん。ありが――」


 そこで俺の言葉が途切れた。カンナが俺のスマホを食い入るように見つめていて、俺に返す気がなさそうだったから。

 何か気になることでもあったのだろうか。と思って、ロック画面の存在が脳裏をよぎる。


「っあ」


 慌ててカンナの背後に回り込んで、俺もロック画面を見た。


「ねぇ、これ。小学生のときにやったゲームの……」


 カンナに言葉にされると余計恥ずかしくて、俺は上からスマホを奪い取った。

 しかし見られた過去はなかったことにならない。カンナは俺の返答を急かすように、じっと下から見つめてくる。


「そう、だよ。小学生のときのカンナが描いた絵」


 当時、小学生の間で大流行していたゲームがあった。俺とカンナもそのゲームにハマっていて、二人とも同じキャラクター――ヤマタを好きになって、熱中していた。

 そのときにカンナが描いてくれたヤマタが、今の俺のロック画面だ。


「なんで隠すの!」


「いや、なんか恥ずいし」


 ロック画面を見てみる。

 児童向けのゲームだったからかキャラデザはデフォルメが強い。それでもカッコ良さが滲み出ている気がする。

 ヤマタは、ストーリーで度々俺らを助けては消えるミステリアスキャラなだった。

 それがカッコよかった、なんて。きっと思い出補正が強いのだろう。

 当時のことを思い出して思わず口元が緩む。


「そういえば、私が絵を描き始めたきっかけってヤマタだったな……」


 ふと思い出したようにカンナは言う。

 確かに、ヤマタにハマる前のカンナはそんなに絵を描かない子だった気がする。


「あのときは本当に熱中してて、狂ったようにヤマタを描いてたなぁ」


「めっちゃヤマタヤマタいってたよな、俺たち」


「ね。もう私目をつぶってでも描けるよ。多分今も」


 そう言ってカンナがスケッチブックを取り出した。

 またか。けどカンナらしいな。

 俺はため息を落としつつ、カンナの後ろから、引かれる線を目で追いかける。


「懐かしい、好きだったなー。今でも好き、ヤマタ、ちょー好き」


 ヤマタが一体、二体……とその数を増やしてゆく。表情もポーズも様々で、まるでヤマタがそこに生きているみたいだった。

 当時の熱が、胸の中で鼓動した。そしてまた別の熱も呼び起こされる。

 そうだ、俺はこのカンナを好きになったのだ。

 爛々とした瞳でキャンパスに熱を叩きつける、このカンナを。

 絵に熱中しているときの彼女は誰よりも輝いているし、何より、


「ねぇ、ほら! 見てよフミヤ!」


 こうやって、真っ先に描いた絵を見せようとしてくれることが、何よりも嬉しいのだ。今も、昔も。


「うわ、懐かしい。ヤマタが生きてるよ、もう」


「えっへへ、そうでしょ」


 カンナは嬉しそうに身を捩らせる。カンナ自身も自分の絵を眺めて、ほうっと息を吐いた。


「中学に上がってから、フミヤ、野球に熱中し始めてさー。ヤマタが出たゲームも早く廃れちゃったし、話し相手もできなくなったし。漫画、描くのやめよーって思ったときがあったんだよね」


「え、そうなの」


 俺らがヤマタにハマってからというもの、俺の中のカンナ像は、絵と漫画に全てを捧げる人だったのに。


「うん、けどさ。今、フミヤが見てくれるからさ、描いてて良かったって思うよ!」


 カンナはスケッチブックを閉じて、満面の笑みを浮かべる。すると「そうだ」とカンナは声を上げる。


「私の初恋、見つけたかも!」


「え、マジで?」


 話の流れからもしかしてと、期待で心臓が大きく跳ね上がった。

 今からでも告白してしまおうか。そういえばなんて言おうとしてたんだっけ。

 なんて、俺が逡巡している間に、カンナの方が先に口を開く。


「ヤマタだよ!」


「……」


 まあ、カンナに限ってそんなことあるわけないよなぁ。


「この胸のトキメキ! 間違いなく、これだ! 見つけた、私の初恋っ!」


 テンション爆上がりのカンナ。イエーイと両手を差し出してくるから、大人しくハイタッチした。

 まあ、俺の好きな人は絵に熱中してるカンナだし、そんな彼女が今俺を好きになる訳がない。

 けど、かなり期待していた自分がいたみたいで……だいぶショックだ。


「そ、か……」


「早速新ネタ浮かんできちゃった! 今日は寝ないで描くぞー!」


 それでも、今のカンナは誰よりも輝いている。

 漫画を描くことに心の全てを捧げている彼女は、俺にとっては何よりも特別だ。

 彼女にはずっと、真っ先に俺に漫画を見せに来てほしい。

 だから、今は邪魔をしてはいけないのだ。

 俺の気持ちはいつだって伝えられるけど、カンナが漫画を描く時間は有限なんだから。


「今度も、俺に見せてな! カンナ先生!」


「もっっちろんよ! ファン第一号のフミヤ君!」



 終

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