第39話 これってもしかして間接キスですか?
白いブラウスにグレーチェックのキュロットパンツ。
短めのパンツからすらりと伸びでた足は、細くて美しい脚線美を描いている。
肩からかけた小さめのショルダーバッグがゆらりと揺れると、
「じゃ、行こ。脩」
と言って、瑠偉が俺に手を繋ぐよう差し出してくる。
「…………おう」
これで、『恥ずかしいからやめろよ……』とか言うほど俺も無粋じゃない。
なぜなら俺は、瑠偉の方も緊張しながら手を差し出してきているのがわかっているからだ。
そう思い、差し出された瑠偉の手に重ね合わせるように添えると、どこかほっとしたような、でも嬉しそうな顔で『きゅっ』と指を絡めてきた。
(て言うか、前回の映画の時もそうだったけど。あの時よりももっとデートじゃんかこれ……)
あの時はまだ、瑠偉はちゃんと男子の格好をしていたけど、今回は違う。
(隣に、どっからどう見ても女子にしか見えない、しかも美少女がいる)
瑠偉だと思えばいいのかもしれないが、もはや美少女にしか見えない。
俺、今日……。心臓大丈夫かな……!?
そんな心配に苛まれながら。
瑠偉の『お礼』は始まったのだった。
◇
「……で、今日の予定はどうなってるんだ?」
とりあえず、瑠偉の手を繋いで歩きながらさりげなくそんな話題を切り出す。
「えっとね。とりあえず、プラネタリウムの予約が16時からだから、その前にご飯を食べて買い物でもしようかなって」
「……おう」
……ゴリっゴリのデートプランじゃん。
と思ったことは口に出さずに相槌を打つ。
「脩、何か食べたいものある?」
「うーん……」
そう言われて、あたりをぱっと見回してみる。
すると、運よくというか折良くというか、あまり列が並んでいないクレープのワゴン車を見つけたので、瑠偉に尋ねてみた。
「あれとかどうだ?」
瑠偉がクレープを食べたことがあるかは知らないけど、基本女子ってこういうの好きだよな。
そう思いながら提案をしてみたのだが。
「なにあれ……?」
「クレープ、食べたことないか?」
「うん」
どうやら、クレープ屋は未体験らしいかった。
「じゃあ、せっかくだし買ってみるか。テラス席もあるみたいだし」
俺がそう言うと、瑠偉が「うん……!」と言いながら俺の腕にぎゅっとしがみつく。
いや……、こういうとこマジで、普通の女の子でしかないんだよな……。
ましてや今は、服装も完全に女子の格好をしているし。
もしかして俺、知らないうちに美少女の彼女ができちゃった!?
みたいな錯覚を起こす。
「…………! 美味しい!」
焼き上がり、くるくると包んでもらったクレープを一口食べた瑠偉が瞳をキラキラと輝かせる。
瑠偉が頼んだのは定番の生クリームにチョコバナナを挟んだやつ。
俺が頼んだのは、ツナマヨレタスを挟んだいわゆる食事系クレープだ。
「こっちも一口食うか?」
「いいの?」
俺が尋ねると、瑠偉が嬉しそうに聞き返してくる。
なので俺は、良いぞと答える代わりに「ん」と言って、まだ口をつけていないクレープをずいっと差し出すと、瑠偉はクレープを受け取るのではなく、差し出した俺の手をそっと上から包み込み、そのままぱくっと一口齧った。
「ふむっ……! ふむっふむむむふむむうふ!」
「慌てなくて良いから、ちゃんと飲み込んでから喋れよ……」
別に誰も逃げやしないんだから……。
俺がそう言うと、もぐもぐと咀嚼し終えて飲み込んだ瑠偉が、
「しょっぱいのも美味しいね」
と言ってにこっと笑った。
……うん。
かわええ。
癒されるな。これ。
そんなことを思いながら、俺も『さてじゃあ自分のクレープを食うか』と思った時にふと気づいた。
――これ、もしかして間接キスに、なる……か?
ての中にあるクレープには、瑠偉が齧ったあと。
まだ瑠偉しか口をつけていないクレープは、頑張れば瑠偉が口をつけた場所を避けて食べることもできる。
しかし最後にはそこにも口をつけなければ、食べ終えることができない……。
もぐり。
とりあえず瑠偉が口をつけていない反対側の端を食べる。
……もぐり。
さっき齧ったすぐ隣に再びかぶりつく。
あとは、瑠偉が齧った場所しか残っていない。
……これ、変に意識する方が逆に変態っぽいな……。
うん、よし。
これは――間接キスなんかじゃない。
ただ瑠偉が食べたいだろうと思って俺のクレープを分けてやっただけで、俺は俺で自分の分を食うだけだ。うん、それだけだ。
そう思い、心を無にしてクレープを食べた。
しかし。
そんな俺に、今度は瑠偉の方から、
「脩。こっちのも食べてみる?」
と言って、自分のクレープを差し出してきて。
その後、俺が齧ったところを何故か妙に嬉しそうに食べる瑠偉に、今度こそ俺はときめきで死にそうになったのであった。
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