第31話 開けたら閉じる。それが世間の常識です(彼シャツ続き)



「……っ」


 ボタンをひとつひとつ外していくごとに、外されている瑠偉の方も息を飲むのが伝わってくる。

 ……これ、いつから根比べになったんだろう?


 ――これ以上進むと、全てのボタンが外れる。


 一応、下にタンクトップを着ているので全裸になることはない。

 とは言え、さすがにこれ以上は行き過ぎだと思った俺は、最後の最後にジェントルメンタルを発揮して、瑠偉にキッパリと言った。


「……ここまで外せば、後は自分で脱げるだろ」

「…………っ、ん……」


 ん、と言うのを了承の返事と得て取った俺は、そのままくるりと瑠偉に背中を向ける。


 は……。

 はあ……!

 勝っ……た……。

 半分以上、空気に飲まれてボタンを外しているので実質的には負けているような気がしなくもないが、最後の最後で俺は自分に勝ったのだ。

 自分の理性に打ち勝った。

 途中いくら負けが続いていようと、最終的には己に打ち勝てれば勝ちなのだ。

 決めた。俺がそう決めました――。


「脩」

「……なんだ」

「自分のシャツ着直したから、今度はボタン留めるの手伝ってくれる?」

「………………」


 ちらりと振り向くと、今度は瑠偉が自分のシャツを着直した状態で、前を開いてこちらを向いて立っていました――。


 ……うん。

 そう、そうだよな。

 開けたら閉める。

 出したら仕舞う。

 外したら――留める。

 そんなの、世間の常識だよな……。


「お前……、まだ指痺れてるの……?」

「うん。……だから脩。留めて?」


 留めて?

 じゃねえよお……。

 きゅるんと可愛く頼んでくるなよ。

 可愛いじゃんか……。


「脩が無理なら、他の人に頼むか、このまま学校行くしかないんだけど……」

「……貸せ、やる」


 どちらの選択肢も選ぶ余地がない以上、そう答える以外に俺に選択肢などなかった。

 ないよ……。

 ないよね……。


「脩、優しくしてね?」

「…………。それだと俺がいつも優しくないみたいなんですけど」

「そうだね。脩はいつも優しいもんね」


 減らず口を叩く瑠偉に俺が言い返すと、にこっと瑠偉も言葉を返してくる。

 誰か、この子なんとかしてくれないかなあ?

 可愛さ百倍すぎて俺、どうにかなりそうだよ。


「ん……っ」

「悪り、痛かったか?」

「ううん、……ちょっと、ドキドキしただけ」


 ……はい!

 可愛いね!

 もうどうした? 天元突破してんですけど。

 これ、わざとじゃないよな?


 妙な緊張の走る中、俺が着直した瑠偉のシャツの前ボタンを留めてやると、瑠偉が「……ありがと、脩」と言ってはにかみながらにこっと笑ってくる。


「……おう」

「じゃあ脩、ついでだしネクタイも……」

「お前それもう全部俺に着させる気だろ!」


 結局、言われるがまま全部着せてやりました……。

 達成感あったけどね。最後、全部自分で着せ終わった時。

 同時に寿命も縮んだ気もするけど。


「脩、ドキドキした?」

「し……」


 にこにこしながら俺に聞いてくる瑠偉に、咄嗟に『しねーよ、男同士なのに』と答えようとした俺は、瞬間ふと思った。


 ――いや、ダメだ。

 これ、このまま言ったらまた『男の子同士だしいいよね?』『ドキドキしないんだもんね?』とか言われて、また同じことさせられる。


「したわ……。ちょっとだけな」

「え」


 正直にそう言うと、瑠偉が驚いたような声を出してぴたりと止まった。


「……男の子同士なのに?」

「男同士でも、ドキっとする時はするだろ」


 ――まして俺は、お前が本当は女だって知ってるのに。


「………………。ふ〜〜〜〜ん……」

「……お前、なんで嬉しそうなんだよ」


 俺をドキドキさせて何がそんなに楽しいのか。

 手のひらで弄ばれているみたいでなんだか面白くなくて、むすっとしながら瑠偉にそう告げると。


「……だって、僕もちょっと……ドキドキしたから。お揃いだなって思って」

「……………………」


 はい。可愛いね……!

 お前もちょっとドキドキしたんですか!

 お揃いよかったね!

 可愛いね!


 なんだよ……。

 俺にボタンの開け閉めされてドキドキするって……。

 こっちがドキドキハラハラしながらボタンを開け閉めしている間、目の前でドキドキしているのを堪えてる瑠偉を想像したら、ちょっとキュンとしたよ。

 なんだよ……。


「脩、そろそろご飯食べに行かないと」


 授業間に合わなくなるよ、と言ってくる瑠偉に、『誰のせいでこんなに朝の支度に時間がかかったと思ってんだ』と思う。


 でももう、そんなのどうでも良くなるくらい、俺、この目の前の幼馴染が可愛いわ……。


「行くか……。飯……」

「うん」


 そう言いながら、瑠偉が当たり前のように俺の手を取ってくっついてくる。

 ちら、と、くっついてきた瑠偉を見下ろす。


「……何?」

「……何でもない」


 何でもなくは無いのだが、何でもないことにする。

 見下ろした横顔は、相変わらずそんじょそこらの女子では太刀打ちできない美少女だ。


 最近は、だんだん周囲の生徒たちも慣れてきて、俺たちがベタベタしてても『ああ、あいつらね』みたいな空気になってる。


(なんか、外堀埋められてる気がするのは俺だけだろうか……)


 いずれにしても。

 太陽は今日も空に輝いているし、瑠偉も今日も可愛い。


(ま、とりあえずは平和ってことだな……)


 ――しかしまだ、この時の俺は知らない。


 この出来事をきっかけに、瑠偉がちょくちょく俺の服をちょろまかしては彼シャツならぬ彼スウェットを着るのにハマり出すことを。


 そして俺がそれを見咎めては『どうせ洗濯してるのは僕だからいいじゃん』といって言うことを聞かないことを。


 そして俺が、『……この服、こないだ瑠偉が着てたやつじゃん……』と思い、妙にドキドキし出すことも。


 真瀬瑠偉という人物は転んでもただでは起きない――いや、それどころか、転んだ先で何かを見つけては発展させる。


 そんな奴なのだった。


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