第30話 ある朝俺が振り向くと、彼シャツを着たルームメイトがいました



「ねえ脩。見て見て」


 ある朝。

 そう言われて俺が振り向くと。

 そこには、彼ならぬ俺シャツを着た可愛い幼馴染がいました――。


 明らかに大きくてぶかっとした、俺の制服の白シャツを着た瑠偉。


「見て見て、ってお前……。どうしたんだよそれ」

「なんか、洗った洗濯物を分けた時に間違えてこっちに仕舞しまってたみたい」


 そして、間違って仕舞っていた結果、今朝制服を着ようとしたら『なんか大きいな?』と思ったことで気付いたのだそうだ。


「ねえこれ、可愛くない?」


 そう言って瑠偉が、俺に見せつけるようにシャツの裾を持ち、にこにこと笑ってくる。


 ――可愛くない?

 じゃないわ!

 可愛いわボケ!

 可愛すぎて朝から弾けそうだわ!

 なんでよ……。

 俺、朝から全部ときめきで持ってかれそうなんですけど……!


 だってさ、振り向いたら俺の制服のシャツ着て、『可愛くない?』とか言って嬉しそうにしてるんだよ?

 爆裂するだろ!


「て、ちょお待ておい。お前それ、なんでそのまま着て行こうとしてんだよ」

「え? ダメ?」


 え? ダメ? って。


「だって可愛いから……、いいかなって」


 とかのたまってますけど。この子。

 俺のぶかぶかのシャツの上に、そのままサマーニットを着て当たり前のようにルーズな制服スタイルで行こうとする瑠偉を窘めると、『なんでダメなの?』とでも言いたげにキョトンとした顔をされる。


「ダメに決まってるわ。当たり前だろ」

「ええ〜〜」

「ええ〜〜、じゃないわ。ダメだろどう考えたって」


 明らかにサイズ違いの服を着てたらみんなどうしたって思うだろ!

 あと可愛すぎるからダメです!


 しかし、「ええ〜〜」と不満は漏らしながらも、上に着込んだニットベストを俺の言いつけ通りちゃんと脱ごうとした瑠偉に『素直でよろしい』と感心して見ていた俺だったのだが。


「……おい。なんで下まで脱ぐんだ?」

「え?」


 なぜか、ニットベストだけでなく下に履いていた制服のズボンまで脱ぎ出した瑠偉にツッコミを入れる。


「えへ……」

「えへ、じゃないわなんで脱いだんだズボンまで」


 マジで彼シャツになったじゃねーか。

 しかし俺は瑠偉の彼氏ではないので、彼シャツではなく俺シャツなのだが。


「せっかくだし、どれくらい大きさ違うのか気になるなと思って」


 思って、じゃねーわ。

 めっちゃ可愛いし目の毒だからやめて欲しい。

 やめて欲しいと思いながらしかし、こんなチャンスそうそうないと思ってさりげなく確実にガッツリ見ちゃうんですけど……。


「こうして見ると、やっぱり結構違うんだね」


 と言いながら姿見を眺める瑠偉。

 瑠偉からしたら少し大きめの白いシャツの裾からは、白くて形のいい細い素足がすらりと伸び出ている。


「ね? 脩」


 そう言ってくるりと振り向いた瑠偉のシャツの襟は、緩く開かれていて――。


『せっかくだからさ。今日はもう学校行くのやめて、2人で楽しいことしよ?』


 ……た、楽しいことってなんですか?

 自らの妄想が吐き出したことに、自らツッコミを入れる。


『わかってるでしょ? ……きもちいいことだよ』


 ふっと微笑みながら俺に近付いてきた瑠偉がそのまま俺を押してベッドに押し倒すと、両手を前に突きながら俺に迫ってくる。


『ね……、脩が脱がせてくれる? それとも……このままがいい?」


 瑠偉の細い腕が俺の太ももに伸びる。

 そして、反対側の手は俺の手を掴んで、開かれたシャツの襟元へと導く。

 太ももを支えに近付いてきた顔は、今にも俺の唇に触れそうなほど近くて――。


「脩?」


 ――はっ。

 瑠偉の呼びかけで、はっと現実に戻る。


「どしたの? ……また考え事?」


 ――あんまりじっとこっちを見られてると、着替えにくいんだけど――。


 そう言ってくる瑠偉に、また自分が妄想の海で溺れていたことを自覚する。

 いつもだったら、ここで俺が現実に立ち戻って終わりなのだ。

 しかし――なぜだか今回は、いつもと少し違った。


「……そんなに気になるなら、脩が自分で脱がす?」


 と。

 あろうことか、妄想と似たような状況で近付いてきた瑠偉が、俺の手を取って開かれたシャツの胸元に誘ってきたのだ。


「……自分で外せるだろ、それくらい」

「……なんか、指先が痺れちゃって、ボタン外しにくくなっちゃった」


 だから、脩が外してくれない?

 と言ってくる瑠偉に、妄想と現実がリンクする。


 あ――あれ――?

 俺、いつの間にか妄想を現実にするスキルを身につけちゃった……?


「……いや、よくないだろ、でも。こういうの」

「大丈夫だよ。僕たち、男の子同士なんだし」


 そう言う瑠偉は、ほら、と言いながらボタンを外すよう、空いていた俺の手も襟元に導いてくる。


 多分――、その時の俺は、どうかしていたのだ。

 普段だったら『いや、それくらい自分でやれ。できるだろ自分で』と言って切って捨てるのを――、なぜか空気に飲まれてしまった。


 ぷつり――。

 ひとつ、ボタンを外す。


 ぷつり。

 もうひとつ、ボタンを外す――。


「…………っ、脩……」


 外せ、と言ったのは自分なのに。

 なぜか外されるごとに何かを堪えるような切なげな表情になる瑠偉に、俺の方が目が離せなくなった。



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