第29話 口移しで食べさせてあげよっか
俺が体調を崩し始めたのが金曜日の夜。
それから寮監に病院に連れていってもらったのが土曜の朝。
土曜は病院から戻った後、丸1日寝て、翌日の日曜にはだいぶ体調が回復していた。
……いやあ〜、健康って大事だなー……。
健康じゃなくなるからこそわかる、健康であることのありがたみ。
すっきりした頭と身体で天井を見上げながらそんなことを思う。
そうして、天井を見上げたままふと自分の額に腕をやると、そこに冷え●タが貼ってあることに改めて気づいた。
(そういえば……瑠偉か、これ貼ってくれたの)
正直、意識も朦朧としていたのであまり覚えていないのだが、瑠偉がこまめに冷え●タを貼り替えたり、薬を飲ませてくれたのはなんとなく記憶にあった。
あいつ、だいぶ甲斐甲斐しく看病してくれてた気がするな……。
「…………よっ、と」
気合を入れるために声を出し、ベッドの上でのそりと起き上がる。
うん。あんなにしんどかったのが嘘みたいに楽になってる。
「……脩、もう起きて大丈夫なの?」
「おう」
俺がベットから起き上がり色々と身体をほぐしていると、ちょうど外から戻ってきた瑠偉からそう尋ねてきた。
見ると、手には雑炊を載せたトレイを持っている。
「ご飯食べれる?」
「おう。ありがとな、助かる」
そう言って俺が瑠偉の元まで歩いていき、持ってきてくれたトレイを受け取ろうと手を伸ばすと、瑠偉にひょいっとトレイを持ち上げられた。
……え? なんで?
「ダメ。脩はまだ安静にしてて。食べさせてあげるから」
「…………ええ…………?」
なんでやねん。
「いや……。俺もう、自分で食べられるくらい元気になったんですけど……」
「いいの。僕がやりたいんだから」
………………。
えぇ…………?
俺が妙な顔を見せると瑠偉は「……昨日の脩は大人しく甘えてくれて可愛かったのにな……」とかぶつくさ言い出した。
……俺、昨日そんなに甘えた?
しんどかった記憶の方が強すぎて、正直よく覚えてない。
う〜〜〜ん……。
でもまあいいか。
瑠偉の話ぶりからすると、昨日も瑠偉に面倒をかけてしまったみたいだし。
そう思うと、瑠偉がそうしたいというならそれくらい聞いてやるのは恩返しの範疇かと、素直に従った。
あと単に、この数ヶ月で瑠偉のこういう行動に慣れてきたというのもある。
「はい、脩。あーん」
「あーん……」
されるがまま、瑠偉に差し出されたレンゲに乗った雑炊をぱくりと口に含む。
……うま。
「おいし?」
「……ん」
「口移しで食べさせてあげよっか」
「……げっほっ……」
「冗談だよ。ほら、あーん」
…………このやろう…………。
そう思いながらも、差し出されたレンゲに乗った雑炊を口にする。
……お前、これで俺が本当に『口移しで食べさせてくれよ』って言ったらどうするつもりなんだよ。
そう思ったけど、口にすることはできなかった。
こいつの場合、口にしたら本当にされそうな気がするからな……。
「ん。うまかった。ごちそうさま」
ありがとな、と俺が瑠偉に告げると、下げられた食事の代わりに薬と水が入ったコップが差し出される。
なんとも至れり尽くせりである。
薬を飲んで俺が一息つくと、瑠偉が自然な動きで俺の額に手を当ててくる。
「熱は下がったみたいだね」
「お陰様でな」
そう言って俺が瑠偉に言葉を返すと、なんだか瑠偉がモジモジしながら俺に何かいいたそうなそぶりを見せる。
――んん? なんだろ。
「どした? 瑠偉」
「……あのね脩」
「おう」
「…………ハグ、してもいい……?」
……………………。
うん?
「……だって、脩が具合悪いあいだ、一人でも頑張ったし、なんなら脩の看病もしたし。ご褒美が欲しいなって……」
「…………ご褒美」
「うん」
………………こいつ。
可愛いこと言うなあ…………。
しかもこの子さ。
こんなこと言いながらね?
両手の人差し指と人差し指をつんつんってしてんの。
つんつんって。
……可愛くない?
「……ご褒美で、俺にハグをして欲しいと」
「…………だめ?」
だって、脩が具合悪い間も、もらった問題集自力で頑張ったんだよ、とか。
心配で一緒に寝たかったけど、我慢したんだよ、とか。
一生懸命アピールしてくるんですよ。俺に。
可愛くない?
しかもそれで、ご褒美って言ってくるのがハグなんだよ?
欲がなさすぎでは?
俺、こいつからのハグはちょっとおかしくなりそうだから控えようってずっと思ってるけどさ。
こんな頼まれ方されたら断れんくないか……?
というか、前回の時も思ったけど、こいつハグの頼み方上手くなってないか……?
「まあ……別に、ちょっとだけならいいけど……」
「ほんと……!?」
俺がそう答えると、瑠偉が嬉しそうにぱあっと表情を輝かせながら返してくる。
うっ……、可愛い。
「じゃあ、えっと。……失礼します」
そう言うと瑠偉が、そっと俺に身を寄せてくる。
それから、俺の背中に手を回すと、すり、と顔を擦り寄せる。
「よかった。脩が元気になって……」
耳元で囁かれた瑠偉のその言葉からは、俺を心から案じていたのだというニュアンスが伝わってきた。
それを聞いた俺は『俺、こいつにだいぶ心配をかけたんだなあ……』と改めて反省した。
「……俺がいない間、一人で大丈夫だったか?」
「うん。ちゃんと脩から出された問題集もやったよ」
……俺が心配しているのは、そういうことじゃないんだけどな。
瑠偉を抱きしめ返しながら、心の中でそう苦笑する。
どちらかというと、普段瑠偉に寄ってくる有象無象の男どもの防波堤になっている俺がいなくなったことで、変なやつらにちょっかいかけられなかったか心配だったんだけど。
でもまあ、この様子なら大丈夫だったんだろう。きっと。
「ごめんな、勉強見てやる時間なくなっちゃって」
「そんなのいいよ。それより脩がいないほうが寂しかった」
……ほんっとに、可愛いこと言うよなあ……、こいつ。
こいつの、こういうところにいつもやられちゃうんだよ。俺。
我ながら単純だけどさ。
でも、それはそれとして、俺がダウンしてできなかった分、勉強時間は取り戻さないとな。
そうして結局、なんだかんだと抱きついて離れたがらない瑠偉をなんとか説得して、ひとまず汗を流すためにシャワーを浴びに行った。
汗を流してさっぱりとした後、まだ休んでなくていいのか、と心配する瑠偉をよそに勉強会を再開したが、たくさん休んだおかげで俺も逆に体も頭もシャキッとしていた。
――俺がダウンすると、ルームメイトの瑠偉にも迷惑をかけることになる。
そんなことに今更ながらに気付いた俺は、瑠偉に迷惑をかけないためにも、体調管理をしっかりしないとな、と改めて気を引き締めようと思ったのだった。
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