第2話

 ダダダダダ……


 暗闇の森の中を、一人の少女が走っている。


 彼女の名はエカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルト。


 フィテヘアルトという名家の一人娘である。

 しかし、そんな名家にもかかわらず、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトの日々は酷いものであった。

 まず、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは、夜の8時に寝て、朝の4時に起床しなければならない。一分でも寝るのか起きるのが遅れれば、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは実の父たるジョン・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・ヨハン・ヨッハーン・ジョーン・ラファ・フィテヘアルトの手により、古代エジプト人が奴隷を使役する時に使っていた先端の速度が音速を超越するマジに痛い鞭で身体中を100回叩かれた。


 次に、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは起床してから5分内に服を着替え、ジョン・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・ヨハン・ヨッハーン・ジョーン・ラファ・フィテヘアルトの元へ挨拶をしに行かねばならない。これも少しでも遅れればジョン・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・ヨハン・ヨッハーン・ジョーン・ラファ・フィテヘアルトに鞭で叩かれた。


 そして、バレエの稽古、勉強、マナー、などなど………とにかく過密なスケジュールが毎日のように組まれ、厳重な監視下に置かれて休まる日などありはしなかった。

 少しでも誤ればジョン・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・ヨハン・ヨッハーン・ジョーン・ラファ・フィテヘアルトに鞭で叩かれた。


 当然だが、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは病んだ。


 そんなある日、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは突然思いつく。


「あ、逃げよう」


 エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは勉強ができた。

 スパルタもドン引く教育を受けてきたため、社会学、心理学、文学、統語論、などなど……色々な方面に教養があったのだ。


 エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトにはフィジカルもあった。

 毎日8時間のバレエの稽古もそうだが、何よりも、毎日のようにジョン・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・ヨハン・ヨッハーン・ジョーン・ラファ・フィテヘアルトに鞭に叩かれていたことで、全身が耐久力方面に優れるようになったのだ。


 そういう訳で、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトには計画の立案から修正、実行までを全てこなせるスペックが、皮肉にもジョン・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・ヨハン・ヨッハーン・ジョーン・ラファ・フィテヘアルトの手により与えられていたのだ。


 たれば、もはや計画を実行に移すだけである。


 エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは、まず、よく出来たエカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルト自身の死体の人形を用意した。

 これは、持ち前のフィジカルにより、ベッドなどの木材を少しずつ削り、そうして出来た削りカスを握力で固め、一つの大きな木材として固めたのだ。


 エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトには教養があった。故に、この木材を自分── エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトの形に加工することなど朝飯前どころか昨日飯前ぐらいであった。


 かくて、嘘の死体で実の父─── ジョン・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・ヨハン・ヨッハーン・ジョーン・ラファ・フィテヘアルトを騙し、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは屋敷から脱走することに成功したのである。


 そうして、今、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは、屋敷の裏の森を走っている。


 逃げろ。逃げろ。逃げろ。


 とにかく遠くへ。


 今こそ、虐げられた者の怒りと自己愛の力を見せつけてやるのだ。今はその一事ひとことだ。走れ! エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルト。


 一陣の黒い風となり、獣道行く人々を押しのけ、狼を蹴飛ばし、少しずつ沈みゆく新月の、十倍も速く走った。

 風体なんかは、どうでもいい。エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは、今はほとんどボロボロであった。エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトは、訳の分からぬ大きなものに突き動かされていた。


 かくて、エカチェリーナ・フォン・デスショコラ・フィア・ラファール・エリザベータ・エリザベス・エリザベート・ラファ・フィテヘアルトの脱走は成功した。

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