第2話

朝の光がウィンドフェルの農村を優しく照らす中、エルン・グリーンフィールドは再び畑に出ていた。

 昨日収穫したウィートコーンの残りを馬車に積み込み、市場町グリーンヴァレーへ向かう準備を整える。

 今日は週に一度の大規模な市場の日だ。

 村人たちが持ち寄った作物や狩猟の成果を一気に売りさばくチャンス。

 エルンはいつもの革エプロンに、今日は少しだけ良い麻のマントを羽織った。市場では見栄えも大事だ。


「エルン、気をつけてな! 欲深い商人に負けるなよ!」



父が笑いながら見送る。

 エルンはニヤリと笑い、スターライトの背を軽く叩く。馬車はガタゴトと揺れながら、草原の道を進む。道中、風の精霊がそよぐ音が聞こえ、遠くの丘には魔法の光を放つ花々がちらほら。

 エルンはその美しさに目を細めつつ、市場での交渉を頭の中でシミュレーションする。

 グリーンヴァレーに着くと、町はすでに活気に満ちていた。石畳の広場には色とりどりのテントが立ち並び、商人や旅人、さらには低級の魔法使いたちが忙しく行き交う。

 ウィートコーンは特に人気で、視力回復の効果を求める冒険者や学者の需要が高い。エルンはいつもの商人、髭の濃いゴルドンに近づく。


「よお、エルン! 今日のウィートコーンはどうだ? また上物か?」


ゴルドンの目は金貨の輝きを映しているようだ。エルンはカゴから一粒取り出し、陽光に当てて見せる。

 黄金色の実がキラリと光る。


「見ての通り、最高級だ。今回は50束、全部で30金貨でどうだ?」


 エルンは強気に値を提示。ゴルドンは眉をひそめ、いつもの値切りが始まる。


「30は高すぎる! 25で手を打たんか?」

「27以下じゃ話にならん。こっちは魔法の土壌で育ててるんだぞ。」


 押し問答の末、26金貨で決着。

 エルンは満足げに笑い、ゴルドンも上物のウィートコーンに目を輝かせる。

 ついでに、昨日狩ったファロックスの毛皮を革職人に売り、5銀貨を追加で稼いだ。市場町での収穫は上々だ。

 ついでに、村で必要な鉄の鍬と新しい種袋を買い、馬車に積み込む。

 帰り道、夕陽が草原を赤く染める。エルンは馬車を止め、しばしその美しさに浸る。ファンタジー世界の夕暮れは、まるで絵画のようだ。遠くでトリックスター・フォックスの影がチラリと見えたが、今日は追いかける気力はない。


「次はお前を仕留めてやるぞ」


 と呟き、村へ急ぐ。

 ウィンドフェルに戻ると、村はすでに夜の準備に入っていた。

 広場では小さな焚き火が焚かれ、村人たちが集まって夕食を共にする日だ。エルンの母が焼いたパン、妹ミアが手伝ったハーブスープ、そしてエルンの持参したファロックス肉のシチューが並ぶ。リナもやってきて、彼女の特製ハーブティーが振る舞われる。

 ティーには魔力が宿っていて、飲むと疲れが取れるのだ。


「エルン、市場はどうだった?」


 リナがスープをすすりながら尋ねる。

 エルンは金貨の入った袋を軽く振って見せる。

「上々だ。26金貨まで引き上げたぜ。」


 村人たちから拍手が上がる。

 金貨は村の共有財として、道具の修理や次の植え付けに使われる。

 夜が深まるにつれ、村の古老が語る物語の時間だ。焚き火の明かりの中、老人はウィンドフェルの歴史を語る。この村が数百年前、風の精霊の加護を受けて作られたこと。

 かつては魔獣の襲撃に悩まされたが、村人たちの微弱な魔力と団結で乗り越えたこと。エルンはその話を聞きながら、自分の畑もそんな歴史の一部だと感じる。


「兄さん、いつか魔獣と戦う日が来るかな?」


 ミアが目をキラキラさせながら尋ねる。

 エルンは笑って頭を撫でる。


「さあな。この村は平和そのものだよ。魔獣より、トリックスター・フォックスの方が手強いぜ。」


 一同が笑い、夜は更けていく。寝る前、エルンは家の外で星空を見上げる。

 エルドリアの夜空は、まるで魔法の結晶がちりばめられたようだ。畑のウィートコーンも、星の光を受けてかすかに輝いている。エルンは思う。


 明日もまた、畑のチェック、狩猟、そして村の仲間との時間が待っている。

 エルンは満足げに目を閉じ、眠りについた。

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