第2話 月夜の手紙
秋の風が静かに吹き抜ける夜。
拓海は母の遺影の前に座っていた。
部屋の灯りは落とされ、窓から差し込む月の光だけが、彼の顔を優しく照らしている。
母が亡くなってから、もう三年が経つ。
病室で最後に交わした言葉は、「ごめんね」だった。
それは母の言葉でもあり、拓海の心の中にもずっと残っている言葉だった。
彼は、ずっと言えなかった言葉を、今夜こそ伝えようと決めていた。
机の引き出しから、古びた便箋を取り出す。
ペンを握る手は少し震えていたが、彼はゆっくりと書き始めた。
~ 母さん、聞こえてるかな。
あのとき、僕は何も言えなかった。
病室で、あなたが苦しそうにしているのを見て、ただ手を握ることしかできなかった。
『ありがとう』も、『大好き』も、言えなかった。
それがずっと、胸の奥に引っかかってたんだ。
でもね、
今日、手紙を書く事にしたよ。
言葉にするのは怖かったけど、書いてみたら、少しだけ心が軽くなった気がする。
母さんが好きだった黄色いガーベラ、店に並べたらすぐに売れたよ。
きっと、母さんの笑顔みたいに、誰かの心を明るくしたんだと思う。
僕は、母さんの息子でよかった。
母さんがくれた優しさを、少しずつでも誰かに渡していけたらいいな。
ありがとう。
そして、またいつか・・・
夢の中でもいいから、会いに来てね。 ~
手紙を書き終えた拓海は、それをそっと封筒に入れ、机の上に置いた。
そのままベッドに横になり、静かに目を閉じる。
その夜、月はひときわ明るく輝いていた。
そして、窓から差し込む光の中に、静かに一人の郵便屋が現れる。
白い帽子に銀色の制服。
肩には、届かなかった手紙が詰まった皮の鞄。
彼の名は、月見。
拓海の机に置かれた封筒に目を留めると、月見はそっとそれを手に取った。
差出人の名前も、宛先も書かれていない。
けれど、手紙の中には、確かに「伝えたい想い」が宿っていた。
月見は目を細め、静かに頷く。
「これは、届けるべき手紙だね」
彼はその手紙を鞄にしまい、夜の町へと歩き出す。
誰にも見られず、風だけが彼の足音を知っていた。
その夜、拓海は夢を見た。
夢の中で、母が微笑みながら立っていた。
手には、彼が書いたはずの手紙を持っている。
「手紙、読んだよ。ありがとう」
母はそう言って、拓海の頭を優しく撫でた。
目が覚めたとき、拓海は涙を流していた。
けれど、それは悲しみではなく、安堵の涙だった。
机の上に置いたはずの封筒が消えているのに気づき、拓海は納得したようにうなずいた。
彼は窓を開け、夜空を見上げた。
月はまるで微笑んでいるように、優しく輝いていた。
その月の光の中に、月見は静かに立っていた。
彼の仕事は終わった。
だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。
今夜もまた、月の光に乗せて、静かに歩き出す。
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