第15話 ご主人さま、どうかご自分のことを一番に……

 後ろ、から!? これは……隠密系のスキルか!


「はは! 後ろで調子に乗って鬱陶しかったんだ……!  おい奴隷使い、さっさとスキルの発動を止めろ!」


 敵の一人が、セラス商会から連れ出した奴隷のうち二人を拘束している。首に手を回して、こっちが余計な真似をすればすぐにでも殺すと言わんばかりに。


 くそ、やられた……。


 捕まった奴隷の片方は、まとめ役っぽいあの男か。他の奴隷たちも動揺してる。


 ……仕方ない。


「に、にいちゃん! なんでスキルを! 俺のことは気にせず他のみんなを――」


「――うるさい!」


「ぐぁっ!」


 ……蹴りやがった。人質を取られているからこちらが動けないと思って。舐められたものだな……!


「いいか奴隷使い……それ以上動くなよ? 動いた瞬間、こいつらの首が飛ぶんだ」


「ご、ご主人さま……っ」


 ダリヤも心配そうに俺を見上げている。……まさか、俺が囚われた奴隷たちのために身を削るとでも思っているのか?


「――ふん。くだらん」


「なに? ……奴隷使い、どういう意味だ」


「どうも何も。おめでたい頭のお前らに呆れてるんだよ」


「なんだと……!?」


 俺が薄い笑みを浮かべると、人質を取った男が分かりやすく怒りをあらわにする。


 俺は同時に、少しずつ包囲を縮めていた他の敵にも一瞥をくれてやる。


「いいか。お前らも知ってるように、俺は奴隷使いだ。金のために奴隷をこき使う男だぞ。そんな俺が、奴隷を人質に取られた程度で止まると思うのか……?」


「――ッ! だが奴隷使い、現にお前はスキルを解除して――」


 そう来るのは分かっていた。だから、答えてやろう。


「そんなもの。お前を油断させるために決まってるだろ――?」


「なッ」


 気づいたようだがもう遅い。奴隷を人質にする男の至近で、圧縮した空気弾を作って瞬時に頭を打ちぬいてやる。


 ほとんど声もなく倒れた男から、奴隷二人が解放される。


「に、にいちゃん……! 助かったぜ!」


「ありがとうございます!」


 ふん、他愛ない。


 別にこいつらは俺の奴隷じゃないが、一応ここまで連れてきたのは俺だ。行動の責任は逃げる選択をした本人たちにあるとはいえ、助けられるなら助けてやってもいいだろ。


「あとで、どれだけの金になるともしれんからな」


「……ご主人さま。いいわけ、へたです……」


 は? 別に、これは言い訳じゃない……! メリットデメリットを勘案しての極めて打算的な――


「――奴隷使いは、己の奴隷を庇うらしい。戦力が減るのを嫌っているのか? 臆病者め。だが、そこを突かせてもらう……!」


 なに? だが、別にさっきまでと変わらず俺の攻撃を警戒して防御を張っているだけじゃ――いや。


 これは、隠密スキル持ちが複数……!?


「く! 【大気支配】!」


 感じた違和感から、急いでスキルを起動し、【大気支配】の副産物による空気の流れの知覚で忍び寄る影を迎撃する。


 しかし……全員仲間と協力して分厚い防御を構えてやがる。瞬時にそれを抜くことまではできないか。


 それに、俺は本格的な感知スキルまでは持ってないからな。感知系はレアだしんだよ。


 【大気支配】の感知はあくまでサブ的な使い方だし、どうしても隠密系には後手に回らざるを得ない。


 だが。そうなると、奴隷たちは攻撃にさらされるリスクがあり、俺も自由に動くことが出来なくなる。敵の増援もやってきだして、さらにきつくなってきたな……。


「にいちゃん、俺たちのことはもう気にしないでくれ! このままじゃ全員共倒れだ! せめて守る人数が減れば……」


「この間にも敵の増援が到着してる。お前の言うようにするなら、お前たちは全滅するんじゃないか?」


「それは……。けど、にいちゃんがやられるくらいならそれでも!」


 そう言っている間にも敵の圧力が増してる。どれだけいるんだ、クソ……。


 このままじゃ、どっちにしろ共倒れだ。


 ……ならば。取れる手段は二つ。


 一つは、この奴隷たちは見捨てて俺とダリヤだけでさっさと逃げる。そして、もう一つは――。


「ご主人さま……! もう、決めないと……!」


 ……。


 …………。


 ああ、もう――。


 分かったよ……! やればいいんだろ、やれば!


 最小限の支出で、忌々しいセラス伯に一泡吹かせる方法。


 別に奴隷どもがどうなろうと知ったことじゃないが……そう。俺はセラス伯に、この貴族社会に、爪を立ててやりたいんだ……!


 自分だけは安全圏にいると思っているあのクソ野郎どもに、いつでも喉元へ噛みついてやれると、そう思い知らせてやる!


 そして、それを実現できる手段はこの手に。


「……!? ご主人さま、なにを……」


 幸いこの場は戦場だ。俺の言葉は戦闘音に掻き消されて、相手の耳には届かないだろ。


 隠密スキル持ちや、それ以外のやつらを牽制しつつ。俺は懐から金貨を一握り取り出す。


 この俺が必死に稼いできた、大事な大事な金だ。これさえあれば何でもできる。好きなものを買うことも、権力を手に入れることも、あるいは――。


 俺はその金貨を無造作に、そこらに向けて振るい投げる。


 ――そして、俺にだけ許されたそのスキルの名を唱えた。




「【スキル購入】――対象は【身体強化】、対価はこの金貨すべてだ。そして。かけることの、十……!」


 有り金、全部持っていけ!



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