第6話 手放して終わりじゃないから
俺は奴隷の前ですら、できれば手持ちのスキルを見せないようにしてる。だが、いまアナスタシアが言ったスキルだけは別だ。
目を丸くする少女へ俺は言った。
「俺はお前みたいな安い値がついた奴隷ばかりを買っている。なぜならば――俺のスキルなら、安値の原因になった障害を癒せるからだ」
「……さっき、二つもスキル使ってたのに……ですか?」
ふん。こうやって余計な詮索をされるから、あまりスキルを見せたくないんだ。
スキルは基本一人一つ、二つ持ってるだけでかなり珍しい。だというのに、俺は二つ三つどころじゃないからな。
「ヴィクターさんにはあんまりスキルの話しない方がいいかもね。ちょっと機嫌が悪くなっちゃうから」
「……そっ、そんな! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 知らなかったんです、許してください……っ!」
「……おい、ルナ。お前もアナスタシアと同じで余計なことばかり――」
「私と一緒とはどういう意味です!? 最低男のくせに、私の言葉に不満があると!」
あるに決まってるだろ、こいつ……! クソ、話が進まん!
「いいから、頭を上げろ……! べつに俺はそれくらいで怒ったりしない! ただルナの言う通り、あまり詳しく聞いてほしくはないが」
「は、はい、ごめんなさい! もう聞きません!」
「そこまで涙目にならなくていいが……いや、もう、それでいい。それで、さっきの話の続きだ」
やっと話を進められる。
「今から俺のスキルで足を治す。そうしたら明日からは、一般教養やスキルの力を伸ばしていくぞ。形になってくれば、いずれお前を高級奴隷として売り出せる」
「わ、私を捨てるんですか……?」
「ああ。お前が十分育ったら、その時にはいつか手放すことになる」
「そ、そんな……」
絶望の表情を見せる少女に、ルナは優しく言った。
「うーん、いろいろ誤解してるみたいだから、ちょっと補足を。たしかにヴィクターさんは最後に奴隷を売っちゃうんだけど、その後の生活はあんまり心配しなくていいの」
「それは、なんで……ですか?」
「それはね。ヴィクターさんが奴隷を手放す時、その奴隷は主人に無下にされない技術を持ってるから」
「むげに、されない……?」
「うん、そう。たとえば……私はこう見えて、いま騎士をやってるの。大変な仕事だけど、周りはいい人が多いし、とってもやりがいがあってね。そして、そうなれたのもヴィクターさんのおかげ」
ルナは一瞬俺に柔らかな笑みを向け続ける。
「私も昔は奴隷だった。それも片足を失っていた格安の。それをヴィクターさんに買ってもらってから世界が変わったんだ」
「世界が……」
「そう。だって考えてごらん? 奴隷商から殴られるばかりの、冷たくて暗い、おまけに不潔な牢屋の中。そこから出られたと思ったら、足が治った上にお腹いっぱいご飯を食べられて、貴族みたいな教育まで受けられるようになった。それに――」
ルナは俺に意味深な視線を向けて言った。
「それまでの不運の代わりに神様が微笑んでくれたのかな。……希少なスキルまで手に入った」
こいつ、いま俺を見て……。まさか、気づいているのか――?
いや、しかしそんなはずはない。気にしすぎか。
「――そうして最後には。ヴィクターさんはちゃんとしたところに私を売ってくれて。そのあと運良く、縁があった貴族家に養子として迎えられて今に至るって感じかな」
「お、お貴族さま、だったんですか……!?」
「うんまあ、そうなんだけどね。でも、元は貴女と同じ奴隷だから。貴女ももしかしたら将来は貴族になるかも」
にこりと笑ってウインクするルナ。
にしてもこいつ、貴族の養子に? それで貴石騎士団に入れたってわけか。
たしかに、スキルと戦闘力は十分騎士になれるほど鍛えたからな。納得だ。
あとはアナスタシアの方も気になるが……。
「私も大まかにはルナと同じです。そこの男――ヴィクターさんに買われ、教育を受け、売られて。違うのは売りに出された先と、取り立てられた組織の違いくらいですか」
「お姉さんは……貴族じゃない、ですか?」
「ええ。私を買ったのは診療所をやっている平民の夫婦で、今はそこを出て教会に所属しています」
一般の診療所と教会は深い繋がりがあるからな。アナスタシアは高位の治療スキル持ちだから、教会に取り立てられるのも不思議じゃない。
ただ気になるのは、教会の名を口に出したときに少し曇った表情……。
だが、今は。
「――余計なおしゃべりはそこまでだ。治療を開始しよう」
「は、はい……!」
「変に力は入れなくていい。お前はただ力を抜いて座っていろ」
さて。
今日はだいぶ疲れたからな。これからルナとアナスタシアとは話をしないといけないし、さっさと終わらせてしまおう。
俺はいつも魔力を使う時と同様、体の奥底から魔力引き出してやる。
ただ、今回のはかなり上等な魔力がいる。圧縮し、密度と純度を高めて、少女に向けた右の手に集めていく。
……あと、もう少しくらいか。
――ん? この少女、俺の手を見て目を見開いている。集めた魔力を感じているのか?
「……相変わらず、とんでもない魔力です。教会にもこんなにある人は滅多にいませんよ」
「騎士団も同じく、だね。ただ、こっちは肉体自慢の人も多いから。教会にも匹敵する人はほぼいないんだって驚いたよ」
「こんなの、魔力バカです」
外野がうるさいが、こいつらが俺の魔力を感じ取れるのは当然だ。それができるよう鍛えたのは俺だからな。
しかし、今の時点でそれができているということはなかなか将来有望だ。鍛えがいがあるな。
……よし。魔力の精錬は十分だな。
あとはスキルを発動させるだけ。
「じゃあ、今からスキルを使う。患部に多少の痛みやむず痒さはあるが、すぐ終わるから我慢しろ」
「……はいっ。どうか、お願いします……!」
「ふん。お前が頭を下げようが下げまいが結果は変わらない。ならその軽い頭、これからは大事に取っておくんだな」
「んぶふ……っ! ヴィクターさんの謎理論、ちょっと面白い……。子どもらしくいていいって素直に言えばいいのに」
おいルナ、いま何か余計なこと言っただろ……! くそっ、まあいい。さっさと終わらせる!
俺は少女の足元に跪くと、患部に手を向けながら、集めた魔力をスキルにつぎ込み始める。
そして、スキルの名を口にした。
「――【生体支配】」
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