第3話 恋焦がれる

「はい、今日も一人ひとり歌唱してもらいます」


 音楽の授業。

 新学期早々個人発表用の曲をそれぞれ用意し、各自、音楽教師に相談しながら練習していたが、一か月が経ち、とうとう発表の日となった。


 景太は、洋楽の『自分を愛情深く優しく愛してほしい』という意味の曲を用意した。

 勿論、渚に贈る曲だ。


 発表順はくじで、最後から渚、皐月、景太の順になる。

 なので、トリはまさかの渚である。


 曲は渚の皐月への恋心に気づいた翌日に決まったし、あれからどちらともなく気まずくて必要最低限しか話していないので、今回のこの曲の関しては何も聞いていない。


「(……怖い)」


 これで熱烈なラブソングなんか歌われた日には、嫉妬で、狂ってしまう。

 でも、とりあえずは、自身の曲に、想いに、身を委ねよう。


 クラスメイト達は(特に女子は)恋の歌が多く、渚や、皐月を熱視線で見つめながら、というものもいたが、よくやる……といった呆れ顔の渚と、楽し気な皐月。

 そんな二人が上手くいくことを願いつつ、少し景太は我儘をした。


「はい、犬飼君、どうぞ」


「……はい」


 音楽教師のピアノ伴奏が始まり、景太が歌い始めると、わっ、と歓声が上がった。

 高校生にしては低音のバリトンでの囁くような歌声に、女子たちはうっとりし、男子は気まずそうに視線を外した。


「(……いや、なんつー曲)」


 流石の渚もその色気に充てられ、ほんのり顔を赤らめる。

 口づけもした仲だが、なんだか、景太が知らない男のようだった。

 そして、渚の隣の席の皐月だけはやはり楽しげだった。


 洋楽は分野外なので曲名もよく分からないし、意味も知らない。

 しかし、その曲はきっと、自分に対する、ラブソングだと、自覚する。


「(……けど、俺は……)」


 景太がすっかり歌い終わり、拍手に包まれながら壇上を降りると、楽し気な皐月が代わりで壇上へ。


「片瀬さんは自作の曲でよかったかしら?」


「はい!」


 自作と聞いて、教室内は騒めくが、女子たちは皐月がバンドをやっていることも知っているし聴いたこともあるので、どの曲だろう?とわくわくした様子だった。


 始まるイントロ。

 激しい激情、愛の唄。


「(……だれへの)」


自分に対する曲ならいいのに。

クラスメイトが、景太以外がそう願った。




「ワハハハハハハハ!!!!」


「……いや、笑うな」


「い、いや、だって、渚、めちゃくちゃ音痴……!!」


「うるせぇ……」


 渚が選んだのは最近よく聞くJ-POPだったが、どこもかしこも調子はずれで、なんとも奇怪な出来だった。

 女子たちは、「ま、まぁ、そういうところもいいわよね!」とフォローのようなものをしてくれたが、男子たちは大爆笑だった。ちなみに、皐月もご覧の通り大爆笑である。


「坊っちゃんは音楽センスだけはおかしくて……」


「黙れ」


「ぐぇ」


 久々に渚に触れられた気がする。

 それが、皐月をきっかけにしたことであるのが、たまらなく悔しい。


「ってか、犬飼はなんなん?色気ヤバくない?マジで高校生?」


「ふふふ。貴方もなかなかでしたよ」


 音楽的に優れた二人に嫌気がさしたのか、渚は二人を放置して先に行ってしまう。

 すると、皐月はすかさず景太の歌った曲について追及してくる。


「あれって、『優しく愛して』とかって意味じゃなかったっけ?」


「坊っちゃんには言わないでくださいね」


「え?激しい方が好きなん?」


 ふふふ、と景太が笑う。

 その様子がなんだが妖艶で、悲しくて、皐月は少しどきりとした。


「……僕の片想いですよ」


「え?」


「僕たちは、ニセモノですから」


 いつもの薄ら笑いが歪む。

 でも、本気で好きです。その悲しい告白を聞いて、皐月は、一瞬目を見開いてから、目を閉じ、また開く。


「……オレも、片想いしてるよ」


 それが、女の表情じゃなくて。男のそれで。


「貴方は……」


「渚にはまだ言わない。オレが、渚じゃない誰かに恋してること」


「!!」


 それは、渚の恋を皐月が知っていることと渚の恋の終わりを告げていて。

 景太は、歪んだ薄ら笑いを浮かべ、泣いた。


「いっそ、告げてください。貴方があの方とは別の方を想っていることを。そしたら、僕は、あの方を……」


「……渚は、オレがオレでも、離れていかないかな?」


「あの方は、そんな薄情ではありません。僕なんかを、汚い僕なんかを傍に置いてらっしゃいますから」


「お前は、汚くないよ」


 むしろ汚いのは、オレだ———……。

 皐月も、その場で泣き崩れた。


—第三話 了—

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