後の時代の魔術師たちへ

瀬乃 菊実

後の時代の魔術師たちへ

先生の図書館に来てくれて、この本を開いてくれてありがとう。


私の先生はこの図書館になった。

比喩的な表現をしたけれど、つまり、先生は膨大な知識を書物に残して、いなくなってしまったのだ。

先生にはもう会えない。


先生は偉大な魔術師だった。

それまでは想像上の場所や、コンピューター内のシミュレーションなど、実際には存在しない場所でしか使えなかった魔術を、先生は現実世界でも使えるようにした。

しかも、物理法則と魔術が矛盾して、世界が壊れてしまう、なんてことがないように、魔術のルールを厳格に定めて。

感情を持った機械も、空飛ぶ車も、不治だった病の治療法を見つけたのも先生だ。

魔術関連の法律だって、先生の知識や思想が基になっている。


そして、先生は優しい人だった。

魔術があっても、不死が叶っても、今度はさらなる成長のためにと、先生が想像していなかった理由で争いが起こった。例えば、小規模な魔術しか使えない魔術師を、一方的に劣っていると判断して滅ぼそうとした国があった。他にも、気体を操作する魔術を異端として、異端者を殺し尽くした国があった。そんな争いに、先生は耐えられなかったらしい。

「私の脳内の、争いなき理想郷は、どうしても実現しないみたいだ」と、悲しそうに笑った先生の顔を覚えている。


でも先生は絶望しなかった。

争いをなくすため、平穏を求める人が静かに暮らせるようにするための魔術を、先生はこの図書館中を使って残した。

争いから逃げ切るための魔術から、おいしい、ふわふわのパンケーキを焼くための魔術まで、ここには先生の残したあたたかい魔術が余すところなく収められている。

この図書館は、先生の努力の結晶であり、先生の血肉でできているようなものだ。


そして私の先生は、教師としても優れていた。親に「あなたはこれからの社会で生きていくために、魔術を勉強しなさい。それでなくては食い扶持に困ってしまう」と言われたという理由だけで魔術の道に進んだ私に、先生は魔術の面白さと、魔術を使う上での気遣いという名のあたたかさを教えてくれた。


先生は素敵な人だったんだ。私の人生の指針だったんだ。

この手紙を読んだ人にもただそれを伝えたかった。私の目から見た先生は、教科書に載る偉人ではなく、人間を慈しむ、あたたかで優しい陽の光だった。

私がこの手紙を挟んだこの魔道書は、先生が最後に書いたものだ。

これはただシンプルな、「夢の世界でだけ使える魔術」を集めた物だ。

私は先生にはもう会えないけど、よかったらあなたにはこれを使って、私の先生に会いに行ってほしい。

なぜなら、あなたはきっと、客観的に見た先生の姿、教科書的な先生の姿を知ってる。そして私が、一人の人間としての先生の姿を教えた。

なら、思い出補正でゆがんだ先生ではなく、かといって教科書によって矯正された先生の姿でもない、本当の先生に会えると思うから。


感情のまま書いたから、文字はぐちゃぐちゃだし、読みづらい文章だったと思う。ごめんなさい、読み手の人。

私も先生同様、もう眠ります。あなたが素敵な世界で生きられますように。


――以上、魔術技術記念館所蔵、スカーレット記念魔術大図書館にて発見された著者不明書簡による。紅灰期(魔術観測暦73年~139年)に書かれたものとされる。

記述内容に感情的なブレがあり、さらなる資料研究が求められる。

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後の時代の魔術師たちへ 瀬乃 菊実 @seno_kinmokusei

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