第5話 響の合唱公演会

響の周りをざわめきが包んでいた。響と同じ制服を着た少年たちが、ホールの裏口で出番を待っている。今日は響が所属している合唱団の公演会だった。

「響のやつ、練習してきたかな?」

「してきても変わらないよ。響のうたは、本番では響かないんだ」

合唱で美しい歌声を披露する少年たちの普段の言

葉はひどく汚い。


「どうせ今回も口パクだろ」

「歌われるより、はるかにマシだけどな」

「アイツのうた一つで、みんなのうたが壊れるもんな」

聴きたくないと思いつつ、合唱のために育てた両耳は聴きたくない言葉まで余すことなく拾ってしまう。

「いる意味あるんだか」


いる意味は、あるんだ。響は自分に言い聞かせるように、心のなかで繰り返す。ボクは合唱が好きだから、この場所にしがみついていることに意味はある。


ボクにとっては。

みんなにとっては、意味がなくたって。


合唱は全員で作り上げるものだという事実が、その言い訳をすぐに書き消す。


みんなにとって意味がないなら、意味はないんだ。


絶望が全身を覆って体の力が抜ける。よかった。これで今回も、黙ってられる。いつもどおり堂々と、歌っているフリができる。


その時、響の耳に彼女の声が聞こえた。この両耳が聞き間違えるわけない。

透子の声だ。


少し離れたところで、ちょっとした人だかりができていた。こどもたちが並んで椅子に座り、その周りに保護者らしき大人たちがたっている。一番真ん中に台があって、その上に立っている透子の姿が見えた。


「へぇ、きれいな声だな」

遅れてその声に気付いた合唱団の少年たちが騒ぎ始め、透子の姿を見つけるとさらに色めき立った。

「え?チョー美人じゃん」

「ちょっと見ていきたいかも」

その時、合唱団に声がかかり少年たちの列が動き出した。


響は流れる波に逆らいながら、精一杯透子の朗読を聴こうとした。自分が最後に読み聞かせていた4冊目の本だ。月夜の下、恭一という男が線路横を歩いている。すると、たくさんの電信柱が列を作って行進をはじめる。


衣装を着た透子は見た目もさることながら、その朗読はとりわけ美しかった。優しく、力強く、聴く人に呼吸を合わせ、その場をまるで物語世界のように錯覚させる。

生きた朗読だった。


響は透子との二人きりの朗読会を思い出した。うっとりと物語に浸っていた透子は、響の朗読を楽しみながらこんなにも作品を自分のものにしていたのだ。

むしろ、楽しんでいたからできたことなのかもしれない。

(だけど……)

響の額からどっと汗が吹き出す。季節は秋。気温のせいではない。


月夜のでんしんばしら……?

あの本は……!


透子の朗読が止まる。


走った。列から飛び出した彼を、止めるものは誰ひとりとしていなかった。

当たり前だ。響がいてもいなくても変わらないのだから。

この合唱団で、響のうたが響くことはないのだから。

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