第2話 世界の中心、帝都東京①

 ぽっかりと穴の開いた瓢箪池のほとりに、一人の少女が立ち尽くしていた。

 革のブーツに浅葱色の着物を身に着けて、昭和初期では少し目立つ明るい栗毛色の髪をしたその子こそが壇序だった。

 一晩経ったあとも気持ちに整理がつかないまま、行く当てもなく六区にやってきた。

「あ、あれが話題の落語魔法少女よ!」

「魔法一発でゴーレムを倒したって噂だぁな、てぇしたもんだ!」

 げっ? なんで?!

 壇序が六区にいると、たびたび指をさされる。

 昨日はいっぱいいっぱいだったので周りが見えていなかったが、もしかして思いのほか見物人が多かったのだろうか。いや、それにしてもここまで話題に上らないはずだ。師匠のカバン持ちをしているときでさえ、有名人の師匠に声をかける人はそうそういない。なんだか薄気味悪いと思いつつ、無視を決め込んでいると、

「おっ、話題のお嬢さん! こんなところで何をしているんだい? カッフェでも行くかい?」

 なんだこいつ~、うっざい絡み方しやがって、と思って振り返ると、そこにいたのは壇序の姉弟子の放問亭序意ほっといていじょいだった。

「こらこら、こんな怖い顔でいたらご贔屓※ファンのことさんたちがいなくなっちゃうよ」

 壇序の頬をぷにっと指さして序意はにっと笑った。

「……序意あねさん!」

 普段なら「前座にご贔屓なんているわけないでしょう」と一蹴するところだったが、緊張の糸が切れた壇序は序意の懐に顔をうずめた。

「本当にいろいろあったんですよ!」

「うんうん、新聞で読んだよ」

「しん……ぶん?」

 前座の破門が新聞に載るわけないだろう。何をいっているのだ?

「え、もしかして見てない? じゃあラヂオは? 凌雲閣は?」

 序意は驚きの表情を浮かべた。

 矢継ぎ早で出てくる情報の羅列で目が回りそうになる。

「何も知らないんかい!? 帝都の話題はこれでもちきりなのに、本人が!? よし、凌雲閣りょううんかくに行こう、いますぐ!」

 壇序は強引に手を引かれて走り出した。

 さてさて、ここで賢明な読者の皆様は凌雲閣は1923年の関東大震災で崩落したはずだと指摘し筆者の愚かさをせせら笑うかもしれないが、ダンジョンがあるこの世界、ダンジョン発生による地殻変動や経済事情の変化など大きな歴史の分岐がいくつかある。関東大震災を回避した浅草ではいまだに凌雲閣はいまだに健在で、同じく震災の影響で失われた浅草オペラなんかも上演されている。

 閑話休題。

 六区の北の方に高くそびえたつ赤レンガ造りの塔――浅草十二階こと凌雲閣にやってくるとあまりの人の多さに壇序は驚いた。もともと観光地として混んでいるのは知っていたが今日はいつも以上だ。市中音楽隊ジンタの楽曲も流れ、まるで縁日のように騒がしい。

「ところであねさん、どうして凌雲閣なんかに」

「聞いて驚け、なんと凌雲閣の東京百探索者に壇序が入ったんだ!」

 はぁ?

 東京百探索者。それは凌雲閣で開かれている探索者番付だ。もともとエレベーターが故障した凌雲閣は客集めのために東京百美人という美人投票をしていたが、今はダンジョンの時代。帝国中が注目している探索者にスポットライトが当たっているのだ。

「いやいや、あたしは探索者じゃないどころか、ダンジョンに潜ったことすらないんですよ」

「だから、すごいのよ! ダンジョンに潜らずに探索者になった人なんて見たことない」

「探索をしていないのだから探索者じゃあないでしょう」

「バッタ屋だってバッタを売ってないのにバッタ屋でしょう」

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落語家とかけまして、破門されてダンジョンで無双するとときます。その心は、お先枕(真っ暗)でちぃと(チート)扇子(センス)で語り(勝ったり)します。 黄泉塚陵 @yomitsuka-ryo

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