神と精霊の息吹

三木さくら

4.天候不順の原因(暦をめくる乙女)

「急に寒くなったり、かと思ったら暑くなったりで、いつもにもまして変な天候じゃない?」


「どうも、土の精霊がとうとう堪忍袋の緒が切れてしまって、へそを曲げたせいらいいわ」


「まぁ。それはなんで?」


 全能神の神殿。

 勢力を伸ばし始めた4大精霊に紐づく各氏族の姫たちが、行儀見習いを兼ねて侍女として上がってくるようになって、もう久しい。


 最初は本当に下働きでしかなかったのだが、今や、全能神や精霊の王たちの身辺の世話にあたるようになっていた。


 昼下がり、彼女たちの楽しみにしている休憩時間。


 神殿の中庭で、彼女たちのおしゃべりに花が咲く。

 主のうわさ話はご法度ではあるものの、この中庭は「人間の場所」と認識されているため、めったに精霊は来ない。――精霊はやはり、どこかで人間を見下しているのだ。

 だから彼女たちは安心して、この中庭で主たちのうわさ話に興じる。

 

 だが――その声は、思いもよらぬところに響いていた。


 中庭に面した塔。

 時を刻む乙女が住むといわれる塔に臨んで立つその塔には、また一人の乙女が住んでいた。


 はちみつ色の肌に、プラチナの髪色。

 全能神の見た目と同じ特徴を持った娘は、見た通り、全能神と人間の間に生まれた娘だ。

 全能神と精霊に狩られ、戯れに遊ばれて捨てられた娘たちのうち、幾人かはかろうじて命を長らえ、さらに幾人かは宿した胤から子を出産した。


 娘はそのようにして生まれた。


 生まれた子たちは、全能神の怒りを恐れ、全能神の目の届かぬところにかくまわれひっそりと育てられた。娘も、ほかの子たちと同様、隠されて育った。

 しかし娘は、全能神の子という特別な血筋を持つのに、それを生かさないでいいのだろうか?人間がこの世界で安定的に繫栄していくのに、この力は生かせないものなのだろうか?


 成長につれ、娘はそう思うようになった。


 だが、その話を聞いた大人たちは一笑に付した。

 たかが人間に何ができるというのか。血筋は確かに全能神からもらったものかもしれないが、人間と混ざることでその力は圧倒的に弱まっているのだ――


 だが、と思う。

 時を刻む乙女。

 有名なこの話は、全能神の血を引いていない「ただの人」が起こした話ではないか。それまでの、全能神と精霊の気まぐれで起きていた昼と夜の交代が、時の乙女によって規則正しくなり、それによって人間はより生きやすくなったと、皆は時の乙女をたたえ感謝しているではないか。


 娘はある日、精霊氏族の王宮に勤める侍女とそっと親交を結び、二つの願い事をした。

 時の乙女の塔が見える塔に入れてもらうこと。一日に一度でいい、食事を一人分、運んでもらうこと。


 やがて、その願いが叶い、娘は塔に入った。


 思わぬ誤算だったのは、昼下がりの侍女たちのうわさ話がどういう加減か、塔を伝っててよく聞こえることだった。


「それで、季節の巡りがおかしくなっているのね?」


「えぇ。火と水の争いが絶えないから、争いをやめぬ限り、土は季節を受け取らないって。そう主が言っていたわ」


 透き通るような肌、金色の髪の娘がそう言う。容貌からすると、風の氏族の娘だ。


「それでしたら、火から水に渡せばよいのに」


「それができたら、火は水ともめごとなんてそもそも起こさないわ」


 彼女たちはおおむね、出身氏族に紐づく精霊の王に仕えている。たとえば、水の氏族出身ならば水の精霊の王に仕える。

 それぞれの王の様子などから察した話をしているのだろう。


 季節は、春は風、夏は火、秋は土、冬は水が担当している。

 それぞれ、おおむね自分が担当する季節が世界で仕事を果たしたら、その役割を次の精霊に渡すものだが、まれにいさかいが起きたりしてその受け渡しの間隔がおかしくなる。


 全能神や精霊にしてみれば、季節なんてどう移ろおうが何の痛痒も感じないが、人間にとっては大ごとだ。季節が廻らなければ、農作物も満足に育たないし、狩りもうまくできない。


 塔に入って以来、党の窓辺でうわさ話を聞いていた娘は、侍女たちのうわさ話の多くはこの季節の巡りがてんでバラバラだ、ということに気づき始めていた。


 そうか。

 時の乙女は、時を整えた。


 ではわたしは、季節を整えればいいんじゃないかしら。


 娘は、突然ひらめいた。


 娘は、力が薄まっているとはいえ、全能神の血筋だ。全能神は、全精霊を統べる存在。つまり、精霊に命令を通すことができる。

 その娘なら、あるいは、季節の使命が終わったなら、速やかに次の担当の精霊に回すよう命令できるんじゃないかしら?


 直接姿を現して命令はできない。

 全能神と人間の間の子などいないことになっているし、見つかったら全能神の怒りがいかばかりか……想像するだに恐ろしい。


 娘は一昼夜考え、祈るしかないだろう、と結論付けた。

 というより、内なる声がそういった。祈れば、精霊の王には届く、と。


 そこでまず、土の精霊が季節を受け取るよう祈った。

 起きている間は祈り――そして、中庭のうわさ話が、秋の収穫の喜びに変わったことを確認した。


 そのころから、娘は食事と一緒に石を一日ひとつ、もらうようにした。

 石を並べ、80個を超えたころ、今度は土から水に季節が回るように祈りをささげる。


 中庭の話題が冬の寒さのボヤキに変わった時、祈りをやめて、また石を並べ替え始める。次の80個目に向かって――。


 精霊の王たちは、一定期間の季節の務めを終わると、とにかく何がなくても次の精霊に季節を渡さなければいけない、という気持ちになるようになった。

 その気持ちが、まさか全能神の娘の祈りによるものだとは、どの精霊の王も気が付いていなかった――。


 そうして、気が付くと季節は順調にめぐるようになり、農耕での収穫が安定し、狩猟にも各獲物のベストシーズンというものがわかるようになり、獲物を捕る確率があがった。


 なぜ、こんなに季節の巡りが規則正しくなったのか?人々は不思議がった。


 そのうち、塔に食事を運ぶ侍女たちから噂の断片が出始める。

 全能神の末裔が、時を刻む乙女の住まう塔の向かいに住まい、季節が順調にめぐるよう祈りを捧げている、と。


 そのうわさ話も、中庭づたいで塔の住人に届けられる。


 娘は、中庭を見下ろしてほほ笑む。


 娘がこの世を去り、精霊たちがその姿を消しても、季節は規則正しくめぐる。

 


 中の帝国の二つの塔には、時を刻む乙女と暦をめくる乙女がいる。人々はそう伝承する。

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