Ep.01【12】「デッドライン」
そこは確かに狭く薄暗い路地だった。
高いビルに囲まれ、太陽の恵みはこの路地には無縁。
表通りのネオンが反射し、綺羅びやかな色彩が差し込むが
むしろそれは、裏路地の不気味さと不安を倍増させるだけだった。
リオはゆっくりとファントムの歩を進める。
後部座席のセスティアも緊張の面持ちでハンドブラスターを構え警戒する。
表通りから300mほど入った所だろうか、目の前に大型の高級車が停まっていた。
それは、この裏路地には全く似つかわしく無い異質な光景。
漆黒の高級車の前・・・・・そこには一人の人物が立っていた。
高身長、綺麗に整えられた長めの黒髪
漆黒のスーツにダークグレーのロングコート。
痩せてるような印象はあるが、逆にそれが猛毒の大蛇を思わせた。
そして、何よりも特徴的なのは、その冷たく鋭い眼光。
銀縁のメガネの奥に見える切れ上がった目は、遠目でも理解るほど冷ややか。
総てを見通したような黒い瞳は身震いするほど。
リオとセスティアは一瞬で理解した。
「あれが今回の首謀者だ」と。
男の前でファントムを静かに停める。
男の後ろにはシルエットでも理解るほど屈強な体躯の男達の影。
リオが静かに男に問う。
「・・・・・ここがこの乱痴気騒ぎの終点(ゴール)?」
黒髪の男も静かに答える。
「ああ・・・・そういう事だ」
数秒の沈黙。
表通りの喧騒がウソのように静まり返る路地裏。
男が口火を切った。
「全てが無駄だ。この状況が理解出来ない訳ではあるまい?」
確かに・・・・・圧倒的不利な状態。
強行突破をしようにも、間違いなく前方の男達に阻まれるだろう。
それも一瞬で蜂の巣にされる程の銃弾によって。
転回させ戻るには狭すぎる。
よしんば出来たとして、躊躇なく背中に無数の大穴が開くのは明白。
リオとセスティアは静かに両手を上げた。
完全な手詰まり。
黒髪の男と数名が静かに近寄ってくる。
それは音もなく、まるで巨大な影が押し迫ってくる悪夢の如く。
リオは息を呑む。
黒髪の男が目の前に来ると、その威圧さは更に明白となった。
何か特別な施術をしている訳では無い。
見た所、生身の人間だ。
だが・・・・・・その威圧感は先の巨漢の其れとは比べ物にならない程。
リオの本能がこの男は危険だと警戒音を発する。
セスティアも同様のようで、今までにない緊張した表情を浮かべている。
黒髪の男は無言で二人の前に立つ。
後ろに控えていた男達がファントム後部のケージを乱暴に開けた。
ケージの中には縮こまり、警戒の面持ちのウェルシュ・コーギー。
一人の男がコーギーの後ろ首を片手で掴み上げ、黒髪の男の前に連れてくる。
黒髪の男の細い目が更に細く鋭利になる。
「ゴールドマン・・・・最後だ。祈る時間をくれてやる」
男が静かに犬に語りかける。
だが、犬は何も答えない。
ただ、地面に静かに座っているだけ。
長い・・・・・・長い一瞬が路地裏に訪れる。
「やれ」
一言だった。
周りにいた男達がコーギー目掛け一斉に銃を乱射した。
狭い路地裏に硝煙と無数の発射音が充満する。
時間にすれば数秒だろう、発射音が止みコーギーは無惨な姿で地面に横たわっていた。
黒髪の男がリオとセスティアを静かに見る。
「騒がせたな。だが、これで終いだ」
そう言葉を紡ぐ。
その時、どこからともなく、正午を示すチャイムが路地裏に鳴り響く。
恐らくは近辺のチャイムだろう、場違いなメロディーが路地裏に溶け込んでいった。
黒髪の男は懐から今ではご禁制の煙草を取り出した。
傍らには何時の間にか美しい女性が静かに立っており、楚々とした仕草で煙草に火を灯す。
男は紫煙を深く吸い込み、静かにゆっくりと吐き出し、だが確実に通る声で発する。
「あんたらは良くやった。だが、最後は此方の勝ちだ」
男がリオ達を睨み、呟くように言う。
だが・・・・
リオの口角は上がっていた。
黒髪の男は何かを察する。
そして、それは現実となって伝えられた。
「ろ・・・・・・ロンの兄貴!奴が!ゴールドマンの野郎生きてます!!!!」
オールバックの男が慌てた様子でホロ・タブレットを男に見せる。
そこには四角い黒い身体に単眼で三白眼、カニを思わせる四つ足と黒いチューブアームの小型ドロイドが法廷で宣誓し、証言台に立つ姿が映し出されていた。
その姿の下には『 Mr.Cedric A Goldman 』の文字が。
男は全てを理解した。
細く鋭利な目が薄っすらと開く。
リオは男に静かな声で語りかけた。
「いいえ、勝ったのは此方。切り札は最後までとっておくべきよ」
周りの男達は酷く動揺していた。
何故、どうやってと。
「ソウル・コアか」
黒髪の男が問いかける。
「御名答。ゴールドマンは既にフル電脳化済み、今回必要なのは本人証明のソウル・コアだけ。
だから、ウチの口の悪いヤツに装填して、裁判所までの2ブロック走らせたって訳よ」
周囲が騒然となる。
リオとセスティアに無数の銃口が向けられ、一触即発の様相だ。
「よせ」
黒髪の男が部下たちの剣幕を冷たく制した。
咥えた煙草から煙を薄っすら吐き出し、言葉を紡ぐ。
「なるほどな。一杯食わされたって事か」
「ええ、これがアタシ達の切り札。あいつ風に言えばトンチらしいわよ」
リオが精一杯強がって答える。
背中には一筋の冷たい汗が伝っていた。
「そうか・・・・」
黒髪の男は目を細め、リオを見つめる。
「ロンだ。お前の名は?」
ロンは静かに、だが何故か耳に響くような低い声で問うてくる。
「リオ・・・・・シスター・リオよ」
「覚えておこう」
ロンは静かに目を閉じ踵を返した。
毒蛇が去っていく・・・・・リオの目には、そうにしか見えなかった。
リオが静かにスタートボタンを押し込むと、息を潜めていたモーターに火が入る。
ゆっくりと前に進み、追い抜き様、リオとロンの目が合う。
底しれぬ黒い瞳とルビーを思わせる紅い瞳が交差する。
高級車の横をすり抜けると、ファントムは唸りを上げ、暗い路地裏に独特な甲高いモーター音を響かせ小さくなっていった。
「兄貴! 逃がすんですか!? こっちはやられっぱなしだ! オメガが舐められる!
ホントにいいのかよ!?」
小物のダリルがロンに詰め寄る。その必死の形相が部下たちの眉をひそめさせた。
ロンは煙草を一吸い、静かに煙をたなびかせる。
路地の闇に煙草を捨て、秘書に手を差し伸べた。
コルトガバメントM1191が恭しく手渡される。
ロンが銃を握り、躊躇なくダリルの額を撃ち抜く。
乾いた発射音と硝煙が裏路地の静寂を切り裂いた。
ダリルは血を噴き、糸の切れた人形のように崩れ、自らが撒いた血の水溜りに沈んだ。
壁に新たな赤いシミが刻まれ、遠いネオンのノイズが静寂に響く。
ロンは拳銃を秘書に渡し、高級車の後部座席に乗り込む。
車は音もなく進み、薄暗い路地裏を後にした。
「シスター・リオか」
窓の外に流れる光の帯を見つめ、ロンは小さく呟く。
漆黒の高級車は静寂を保ったままビルの谷間を流れ、喧騒の街を後にした。
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