Ep.01【09】「阻塞」






「チヨダランプまで、あと15分弱ってとこか・・・・何もなきゃ良いがな」

ハヤテがルートを検索しながら、独り言のように呟いた。

「後ろのバイクやろーも何か距離取ってる・・・なんだろ?」

セスティアは何時の間にか、座り直し正面を向いていた。

「あ・・・・諦めたんだろ!そうだ!そうに違いない!!」

ゴールドマンが希望的観測を懇願するかのようにキャンキャンと吠える。

「それなら、後ろのバイクも撤退するでしょうに。

・・・・・・・たぶん・・・何か仕掛けてくる」

ゴールドマンの淡い期待をリオはかき消した。

「ん?」

ハヤテが何かを見つけ、詳細を確認した。

「この先・・・・ウエノ近辺で・・・・渋滞中?」

「渋滞?」リオが短く聞き直す。

AI運転により、渋滞は天災や人為的な事故・事件でない限り起こり得ない。

全員に嫌な予感が走る。

「あれだ」

リオが前方に多数の車両が停止しているのを発見した。

AI運転の車両は理路整然と路上で止まり、周囲のビル群にその姿を映していた。

停止している車両の脇をスルリとファントムが抜けていく。

そして、その先には異様な風景が待ち構えていた。

黒色の大型バンが3台、フリーウェイを完全に塞ぎ、車両を一切通れなくしていた。

それだけでも異常なのだが、それよりも酷い違和感が路上にあった。

全高3mはあろうかと思われる、おおよそ人間とは思えない

「人物」が2名立っている。

全身は黒く、至る所に装甲板のような物が張り付いていた。

両手には人の大きさ程もある重ブラスターを軽々と構える巨腕。

唯一、人間味のある部分と言えば、巨大な胴体上に付いたスキンヘッドの頭部のみ。

双眸には一切の光は無く、人であった痕跡を完全に打ち消している。

その姿は大昔の処刑人のようだった。

そんな人外の周りには、同じく全身を黒い装備で包んだ完全武装の

特殊部隊風の一団が約20名。

それが何を目的にしているか等、愚問以外無い。

フリーウェイの路肩にファントムを停め、4人はその異様な光景を凝視する。

「ああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ゴールドマンは完全に怯えきって小さくなっていた。

「ハヤテ、別ルートは?」リオが短く問う。

「無理だな。Uターンして強引にフリーウェイを出ても、下の道は大混乱中。

しかも、その中を強引に突っ切っても、中央議会裁判所のあるチヨダ4までは

30分以上は掛かる。お手上げだ。」

ハヤテは悔しそうに報告した。

「流石に・・・・あの連中を相手出来るだけの火力はないっす・・・・」

セスティアも悔しそうだ。

リオは深く考えていた。

だが、考えられる事は一つ位しか思いつかない。

リオは意を決したように、右足のホルスターから銃を抜き、装填されていたマガジンを抜く。

次に左足のマガジンポーチから、赤く塗られたマガジンを銃に再装填した。

「お嬢!お前まさか!!」

ハヤテは察したのか、リオに声をかけた。

「こんなの強行突破しかないじゃない・・・!

ティア・・・ブラスターは最大出力でデカブツの周りの連中を狙って。

ハヤテ、運転は任せた。

ゴールドマンさん・・・・・失敗しても、あの世で恨まないでね」

そう言うとリオはスロットルを開け、ファントムは咆哮を上げ再加速していく。

「え?なにをす・・・・・・・うわわわわわわぁあああああああ!!!」

ゴールドマンの叫ぶ声はファントムのモーター音にかき消されていった。



「目標視認。加速して接近中」

「阻塞」の隊員が淡々と状況を報告する。

道路に仁王立ちで立っている「阻塞」の中心人物であり、巨漢の「轟雷」と「爆雷」は

ただ低く唸るだけで何も反応は無い。

既に人としての感情も個性も無くし、ただ目標を粉砕する為だけに生き続ける怪物。

元の名前も姿も経歴も理解らない。

常人の数倍もある身体と戦闘にのみ特化したサイバネティクスと合金の塊。

人を捨て、総てを捨てた元「人間」の瞳に映るのは目標への情報のみ。

そんな轟雷と爆雷はゆっくりと両手の大型ブラスターを道路に向け構える。

関節の至る場所から蒸気のような煙が漏れ出す。

青い車体が見えた瞬間・・・・軍用大型ブラスターがその凶暴な火力を吐き出した。

近辺に停車していた一般車両は瞬間でスクラップと化し

路面に火花とオイルを撒き散らす。

フリーウェイ近隣のビル街の窓ガラスは、その凄まじい破壊音によって

粉々に割れていった。

激しい爆発音と爆炎と煙・・・そこは既に無慈悲な戦場と化した。

逃げ惑う人々と残骸をすり抜け、一陣の青い稲妻が駆け抜けてくる。

待ち構えていた特殊部隊も火蓋を切り、砲列から死を込めた雷光が無数に放たれた。

そんな激しい火線の嵐を青い車体は巧みに避けながら、なおも高速で迫る。

青い車体に乗る人物から放たれた紫電が特殊部隊員を正確に撃ち抜いていく。

特殊部隊員の放った弾が流れ弾となり、周囲のビルの壁や看板に当たり激しく砕く。

逃げ惑う一般人も巻き込まれ、無惨な姿へと変えられていった。

そんな時・・・特殊部隊の一人が青い車体の前席

本部からの情報にあったバウンティ・ハンターの一人がバイクから立ち上がり

炎を背景にハンドガンを構えていた。

その光景に違和感を禁じ得ない。

何故、わざわざ的になるような事を? 

次の瞬間、横にいた仲間の一角が何か大きな爆風と共に吹き飛んだ。


「!?」


状況が理解できなかった。

どう見ても対装甲兵器からの攻撃。

バイクに何か装備していた?

いや、そんな情報は得ていない。

そんな事を思案していた隊員の視界には何故か青い空が映り込み

続いて30m下の渋滞する一般道路の風景を最後に彼の人生の幕は閉じた。


リオは乱射を続ける右の巨漢に向かってハンドガンを発砲する。

普通の火薬式拳銃では到底歯が立たないはずの完全防備の装甲が

紙細工のように砕け激しく爆発する。

制御を失った重ブラスターの砲火は無造作に中空へと放たれ

周囲のビルに吸い込まれ、大きな爆発を次々と引き起こした。

リオは躊躇せず、爆発で倒れる巨漢にとどめとばかりに再度発砲する。

巨漢の周辺に展開していた特殊部隊数名を巻き込んで

更なる爆炎が巨漢と周囲隊員を包み込み、無慈悲に吹き飛ばす。

セスティアは驚きのあまり、言葉を失っていた。

リオが使っているのは、時代遅れ甚だしいパウダーガン(火薬式拳銃)。

何かマガジンを交換して、バイク発進させ、運転をハヤテに任せた後で

スクッと立ち上がった時は完全にヤケになったと思った。


だがしかし・・・想定外の事態が起こった。

短い発射音がした後、着弾点付近から大きな爆発が起きたのだ。

9mm程度の拳銃にそんな威力は到底無い。

続けて数発発射すると、右の巨漢が弾け飛び、続けて周囲の敵も爆炎に包まれた。


「な・・・・・なにっ!!!ソレ!!!!」

セスティアはそれしか言えなかった。

「秘密兵器!!!!」

リオは短く答え、再度射撃を始めた。


「爆雷」が吹き飛び、「轟雷」の眼前に 『爆雷活動停止』 のログが表示される。

しかし、何も感じない。ただのログでしかなかった。

命令は目標を完全粉砕する事。

周囲や味方への損害は無視。

ただそれだけだった。

両手の重ブラスターから苛烈な火線が吐き出される。

路面が砕け、残骸と化した車両を更に粉々に砕いていく。

その間を縫って、青いバイクが迫ってくる。


【  WARNING!! 】


眼前に警告ログが映し出された瞬間

右手のブラスターガンが膨れ上がり大きく破裂した。

爆発し暴走したエネルギーの奔流が右の巨腕ごと強引にもぎ取る。

オイルや破片をばら撒き、バランスを崩しつつも

左のブラスターの射撃は止めない。

しかし、その反撃は徒労に終わる。

バイクの前席の赤い髪の娘から放たれた一閃が眼前へと迫る。

サイバネ化により、動体視力が異常に向上した轟雷の視界は小さな弾丸を捉えた。

問題無い。この程度なら傷も付かない、そう判断した。

だが、それが大きな誤りであった事を轟雷は己が命を代償に知る事となる。

轟雷の唯一残されていた人としての「残骸」である頭部に直撃し

頭部から肩までの大部分を猛烈な火球と爆圧が襲い、強引にもぎ取った。

火球から生まれた爆音がフリーウェイのガラス壁を砕き、爆圧でネオンが一瞬消える。

残された轟雷の亡骸は、爆発の反動で大轟音と共に後方へと吹き飛び

停めていたバンを押しつぶしながら倒れ込んだ。

 

マフィアの特殊部隊員たちは大混乱に陥り、特殊部隊員が互いに叫び合い

EMPグレネードを誤って落とす者や助けを呼ぶ者もいた。

プロらしからぬ事だが、それもコレも情報に無い強烈な反撃を受けているからだ。

そんな狼狽の内に左手に停車していた黒いバンが爆風と共に空中へと飛ばされる。

眼前には目標の青い大型バイクが迫ってきていた。

 

リオは座り直し、姿勢を低くしてスロットルを全開にする。


「だああああああああああああああああああああっ!!!!!」


リオが雄叫びをあげる。


本日何度目かの超伝導モーターの甲高い咆哮が爆音に負けじと周囲一帯に響き渡る。

眼前には巨大な炎の壁、左右には運良く生き残った特殊部隊員数名。

此方を狙う死を纏った光の奔流はまだ止まない。

だが、そんな事は物ともせず、更にスロットルを握りこみ最大加速へ。

唯一開いた炎の壁に飛び込み、その後方へと一気に走り抜ける。

車体に何かが接触する音、爆音、唸るモーター音、悲鳴のような声・・・・・

それらを後にし、ファントムは青い颶風となり、誰もいないフリーウェイに躍り出た。


残骸から這い出してきた特殊部隊員はハイウェイを疾走し、次第に小さくなっていく

青いバイクを憎々しく見送る事しか出来なかった。 

特殊部隊員は、遠ざかる赤いテールランプ見送りながら


『化け物め・・・・!』


と小声で呟いたが、その声を聞く者など誰も居はしなかった。



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