Ep.02【01】「ある冬の日」
【01】
西暦2523年 2月
この時期は寒波も厳しくなり、雪がちらつく事も珍しくない程に気温が低い。
それはノヴァ・トーキョーでも例外では無い。
確かに今、小雪がチラついている。
青い塗装が特徴の大型超伝導バイク「ファントム」に座乗する2人は凍えるほどに
身に沁み渡る寒さを実感していた。
「シスター」である2人はシスター専用の特別なスーツ「シスタースーツ」を着用している。
見た目は水着の其れのような形状をしているが、ある程度の暑さ寒さは軽減してくれる
大変優秀で、それはそれは有り難いスーツ。
シスターが社会に出た当初、水着にしか見えないスーツを珍しがる風潮もあった。
だが、慣れとは怖いもので、何時しか「シスターってこんな格好」という認識に変わっていった。
そのスーツを持ってしても寒い。
とにかく寒い。
法定速度よりちょっと多めの速度でしか走っていないのに・・・・。
そう思いながら、前席のリオと後席セスティアは青いバイクを走らせ思っていた。
「あああぁぁ・・・・・さぶぃぃいいぃぃ・・・!」
後席のセスティアが寒さを訴える。
「んぁあああ・・・アタシなんて前だからモロに風当たってるんだよ、ガマンしてっ!」とリオ。
先程まで、とある依頼に対処していた。
今回の依頼は違法チップの密売人摘発。
其れ其の物は大した案件では無い。
暗い雑居ビルにいる容疑者を確保するだけの簡単なお仕事。
当初、二人はそう高を括っていた。
実際、踏み込むとヒョロヒョロに痩せた男が大量の機材に埋もれて
件の違法チップをせっせと製造していた。
踏み込まれた容疑者は逃げるのに必死で、事もあろうことか隣の大きな用水路に飛び込み逃走を図った。
当然、二人も追うために用水路に飛び込む羽目になったのである。
何とか容疑者を確保、NTPDに引き渡しをした時には、ふたりとも完全な濡れ鼠。
しかも汚れた用水路だった為、正直言ってクサイ。
そんな状態で小雪舞う寒風の中をバイクに乗れば、さもありなんといった処だろう。
「ぶぇっくしゅ!!!!!」
大きなくしゃみをセスティアがする。
「あーーーーーーもぉ!汚いっ!!!」
モロにくしゃみを被ったリオが文句を言う。
そうこうしている内に愛しの我が家、「STRAY CAT's」の事務所に到着した。
去年末、セスティアが加入した事で屋号を変更。
事務所ドアの看板も新調していた。
事務所ガレージのシャッターを開け、ファントムを滑り込ませる。
モーターを止め、バイクを降りた時には二人共にガクガク震え、
かなり悲惨な姿をしていた。
「あぁあああああ・・・・・はやく温かい何かぉぉぉおおお・・・・!」
「ぁああああああああ・・・・さぶいぃぃいいいい!!!!」
外よりマシとは言え、寒いガレージから温かい事務所に入ろうとした時・・・
ドアの前でハヤテが仁王立ちになって待っていた。
「んな臭っせぇグチャグチャベチャベチャの格好で部屋に入るんじゃねぇよ!!
そのまま風呂に行けっ!風呂に!!!!」とハヤテ
「ぁああああああああ!鬼ぃいいい!!!」とセスティア
「なあぁぁあああああ!!!!アンタ!後で覚えときなさいよぉおおお!」とリオ
ガレージのもう一つの出口、自宅部屋に通じるドアに二人は猛ダッシュする。
ストレイ・キャッツ事務所の1階にある風呂はかなり大きい。
元々、この事務所を小工場兼自宅として使っていたようで、その社員が使えるように
大きめの風呂が用意してあった。
小走りで脱衣所に入り、全ての衣服と装備を適当に投げ出して二人は風呂場に入る。
ドアを開けると、そこは温かで大量の湯気に彩られたこの世の天国が待ち構えていた。
大きな風呂にはたっぷりと湯が張られており、身体の芯まで凍える身に染み渡るようだ。
だが、ここで二者の性格の違いがモロに出る。
とりあえず、シャワーで髪や身体の汚れを落とすリオ。
何も考えず湯船にダイブを敢行するセスティア。
大柄なセスティアが全力ダイブをしたせいで、湯船から大量の湯が溢れ出す。
だが、当の本人は全くまったく気にしない。
「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁああああ・・・・・・・・!!!!」
大きな口を開け、何処から出たか理解らない声でセスティアは湯を全身で味わう。
そんな姿を横目にリオは温かいシャワーで全身の汚れを落としていた。
「んもぉ!ティアっ!!!汚れたままで湯船に入んな!!!」
リオは温かい湯の中でトロトロに溶けるアホ大型犬・・・・に見えるセスティアを叱る。
「らってぇ・・・・・・さむかったんだもぉおおおん・・・・・・・」
全身をだらしなく伸ばし、極楽を堪能する彼女の双丘が、ぷかりぷかりと浮かんでいる。
「こいつはぁ・・・・・・・」とリオはワナワナと怒りを露わにした。
手にしたプラ製の桶で、とりあえずセスティアの頭を叩くと、コーン!という良い音が風呂場に
響き渡り「痛ぁっ!」と言いながら湯船に座り直した。
「もぉ!姐ぇさん!」
セスティアが抗議の声を上げるが、リオは鏡に向かって身体を洗い始める。
「そーんなマナーの無い娘には教育が必要です!」とリオ
「だって・・・・・寒いじゃん・・・・せっかくだしドーンと入りたいじゃん・・・・」
セスティアが唇をとがらせて、湯船に沈んでいく。
「とりあえず、一回上がって身体キレイにしなさいな。髪、汚れてんでしょ?」
リオは振り向かず、自らの身体の汚れを石鹸で丁寧に落としている。
「へへへーっ、ねぇ、じゃあ髪洗ってくれる?」
セスティアは悪戯っぽく笑う。
「ティア・・・・・あんた毎回・・・・・・・・」とリオは呆れ顔。
「だって、姐ぇさんに洗ってもらうの好きだし♪」と悪びれもなく言った。
セスティアはプラ椅子にチョコンと座り、上機嫌でリオに髪を洗われていた。
長く美しい金髪に大量の泡が乗り、リオが一房ごとに丁寧に汚れを落としていく。
洗われている当人は鼻歌交じりだが、これは結構な重労働。
だが、何となく出来の悪い・・・けど可愛い妹が出来たようで、あまり苦にはならなかった。
当然だが、当人には言ってない。
「ティアーっ、泡流すよーっ」リオが言う。
「はーーーい❤」とセスティア
丁寧にシャワーで泡を洗い流し、水気を軽く絞り、クルクルっと長い金髪を巻き上げる。
「あのさ、ティアってホントにトリートメントもリンスもしないの?」とリオが尋ねる。
「うん、いつもシャンプーでジャーっと洗って終わり」セスティアは無邪気に答えた。
リオは何だか複雑な気持ちになる。
自分のオレンジ掛かった赤髪は自慢で、かなり丁寧に洗い整えている。
なのに・・・この娘は何も努力せずにキラキラと美しい金髪をほぼ自動的に保持している。
物凄く理不尽な気がしてきた。
風呂から上がり、髪を丁寧に乾かし整えても、翌日にはハネ毛が出来てしまう。
ハヤテに言わせれば「そーいうのも個性」
ティアに言わせれば「姐ぇさんのチャームポイント!」
当人に言わせれば「なんで・・・・・」となった。
「姐ぇさん?」セスティアが肩越しにこちらを見ていた。
「あ、いやなんでも・・・あははは」リオはなんとか笑って誤魔化す。
その後何だか流れでセスティアの背中をリオは洗ってやっていた。
「あのね、ここはアタシとティアしか入らないけど、やっぱマナーって必要だと思うよ」
リオが優しくたしなめる。
「はぁーい」とセスティア
「そーだぞ、昔から風呂は裸の社交場って言ってな?そこにはしっかりとしたマナーがあるんだ。
何でもかんでも好き勝手やってたら、結局皆んなゆっくり楽しむ事が出来ねーだろ?
だから上手く円滑にする為にも、マナーってもんが必要なんだ」とハヤテ
「うーーーーっ・・・・わかったよぉ」
何となく不貞腐れたような声でセスティアが答える。
「アンタもたまには良いことも言うのね」とリオ
「あたぼぅよ!オレを誰だと思ってやがる!」
ハヤテは湯船に浸かり、単眼は何故か目を閉じたようにし、ご丁寧にタオルが頭に乗っていた。
「でさ?」
「あん?」
「なんでアンタがココにいるのよ?」とリオが問う。
「あん?なんだぁ?ドロイドが湯に浸かっちゃいけねーってのか?
お嬢は差別主義者か?見損なったぜ!」と溜息混じりでハヤテは言う。
「そおぉおおおおいう事じゃなぁあああああああぃ!!!!」
リオがハヤテのこめかみ(?)を両手の拳でグリグリを締め上げる。
「いいじゃないですか♪ お風呂はみんなの社交場なんでしょ?師匠も一緒で!」
アッケラカンとセスティアは言う。
「そーいうことじゃなぁあああああああああああああああああぃいいい!!!!」
風呂場にリオの叫びがコダマする。
そんな冬の一日が静かに過ぎていった。
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