狂愛及び純愛
神美
あの事件から一年、全ては一気に変わる
第1話 どこかがおかしいあなた
その笑顔は毎月必ず見れるもの。
「
インターフォンを押し、開けられた玄関からは長身で柔らかな黒髪の男性が、優しげな笑みと共に出向かえてくれた。外を歩けば彼を見かけた女性からは『あの人超イケメン』とよくささやかれ、さらに『料理も掃除もなんでもできる』と『頭良くて運動もできる』という、超がつくスペックを備えた二十六歳の青年は自分にとって四つ年上の、身内とも言える存在だ。
「結、仕事は相変わらず忙しいのか? 無理してないか? 医者って大変だもんな、ちゃんと食べているか?」
過保護かと思われそうなほどの気づかい。一ヶ月に一度の再会時は必ず色々なことを心配されるが、それは自分だって同じことだ。
「僕は大丈夫だよ。
「この通り、元気だよ。お前が来てくれた日なんかは余計に調子良くなっちゃうからさ。心配だったら毎日来てもいいよ?」
「あはは、蓮さんのおいしいご飯ばかり食べてたら僕が太っちゃうよ」
他愛ないやり取りをしながら室内に上がり、埃のない綺麗な廊下を抜けてリビングへ。これまた綺麗に整理整頓された棚やガラス製のダイニングテーブルを眺め、奥の洋室へ向かう。
そこには高さ低めの白板の棚がある。花や小さな観葉植物、かわいい御当地マスコットが飾られており、中央には黒地と金の装飾の施された位牌が置かれている。
「姉さん、ただいま」
結は棚の前に置かれたモンステラ模様の座布団に座り、持参したドーナツ入りの箱を位牌の前にお供えして手を合わせた。
この位牌は実の姉である
そして今は一人でこのマンションの一室に住んでいる、
(相変わらず綺麗にしてくれてるね)
棚も位牌も光り輝かんばかりだ。指紋すらもないことから常に清潔にしてくれているのがわかる。窓を内側から覆っている草模様のクリーム色のカーテンも、いつも綺麗に風に揺れている。
(……綺麗、過ぎるんだけどな)
清潔でしかない空間を見てから、結はリビングに戻る。するとテーブルの上には円形に焼けて三枚重ねになったパンケーキと良い香り漂うコーヒーがセットされていた。
「ねぇ、結。コーヒーの上にも生クリーム落としてみる? ウィンナーコーヒーっていうの。パンケーキに乗せた分が余ってるからさ」
「へぇ、おいしそうだね」
「オッケー、ちょっと待ってて」
リビングでゴソゴソしていた蓮は生クリームの入ったボウルを持ち、コーヒーの上に落とす。途端に茶色い液体の上が、やわらかい布団をかけたようになった。
「どうぞ、召し上がれ」
蓮と向かい合わせに座り、パンケーキを頬張る。甘くてやわらかくておいしくて、幸せとしか言い表せない。
「結、夜は何食べたい? またオムライス? 最近のレパートリーとしては、ナシゴレンとかチーズタッカルビとかもできるよ」
「蓮さん、なんでもできるよね。料理屋が開けるよ」
「俺が? うーん、俺コミュ障だからなぁ」
そんなことをニヤニヤしながら言っている蓮に「何言ってるの」とツッコんでおく。蓮は対人関係が決してヘタなけではない。こうして落ち着いていれば彼はいつも穏やかで優しい最高の兄のような存在だ。
「なぁ、結」
「ん、なぁに」
口についた生クリームを舌で舐め取っていると、目の前の蓮は相変わらず笑みを浮かべていた。
「今日で一年なんだよ、早いよな」
「……そうだね」
「ごめんな、法要とか全部任せちゃって」
「大丈夫だよ」
実はここに来る前、自分は姉の一周忌の法要を済ませに行っていた。本来なら大々的にやるものらしいが自分には両親も親しい親族もおらず、恋人である蓮は籍を入れていたわけではないので手続きなどは自分がやっているのだ。
どちらにしても蓮がこういう時に外に出るとも思っていなかったし、位牌を持ち出すのも蓮が拒んだのでお寺に頼んで位牌なしでやってもらった次第だ。
「一年って節目になるんだよな? でも今でも那菜がいるような気がしちゃうんだ……俺、なかなか踏ん切りつけられないから……ダメだよな」
「そんなことないよ。別に無理に忘れることもないし、我慢することはないんだから」
今の言葉は、ちょっと“仕事柄”が入っていたかもしれない。相手のことを考え、相手の考えを否定しないのが自分の仕事だ。
同意と傾聴をしながら不安をゆっくりと解決していくのだ。前に進めるように。
「結、ありがとうな、いつも」
姉が亡くなった直後の蓮は、それはそれは落ち込んでいた。放っておいたら何をするかわからなかったくらいだ。そこから毎日様子を見てきたが、だんだんと彼は落ち着きを取り戻した。もう大丈夫だろうと思って頻度を減らし、今は一ヶ月に一度という感じだ。
彼の状況を思うと、あまり深入りしても良くはない。落ち着いているなら現状維持を、これからもしていくつもりだ。
「結、今日ももちろん泊まっていくだろ?」
「うん」
「良かった」
このやり取りも毎月している。だから違和感 なんて何もない。命日だけの恒例行事。
これが終わればまた来月に、会ってご飯食べて泊まって……そう思っていたのに。
“結……結……”
“あぁ、結……俺の、結っ……!”
姉の命日から一年の、その夜。
姉の恋人であり、けれど兄のようにも、大切な家族のようにも思っている存在に。
“蓮さんっ、蓮さ――やめてっ――”
自分は身体を奪われたのだった。
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