誰がかぼちゃの中身を食べたのか【同人誌版サンプル】

 令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区――通称「特区」。その治安を守る西地区警備署には今日も様々な依頼が降りかかる――。


 十月半ば、ようやく訪れた秋の涼しさを謳歌する警備署内にチャイムが鳴り響いた。


 ピンポーン。


 詰所から外に出て、いばら署員は小柄な影を認める。カウンターの向こうにはカボチャの頭を持った黒いローブの怪異が立っていた。


「ねえねえ、私の中身見なかった?」


 カボチャの頭が可愛らしい声で尋ねてくる。


「それは、探しものですか?」


「そうだよ! 気が付いたら中身が無くなっちゃってたの」


 大変なんだから! そう憤慨するカボチャを見て、そろそろハロウィンの準備をしなければ、と思ういばら署員であった。……いや、個人的な事情よりも、目の前の仕事に取り掛からねば。


 遺失物課には毎日届け出が発生する。夕飯のおかずの献立や忽然と消えた影の行方、胃液の中で溶けてしまった毒薬の捜索まで、軽重さまざま、事件性があるものならばなんでも飛び込んでくるのである。そして、そのすべてを受理して捜索するのが遺失物課の仕事である。


 本日の依頼主は、オレンジ色のつやつやのパンプキンヘッドであった。どこかで中身を失くしたらしい。


「わかりました。依頼内容を確認します、まずはお名前をどうぞ」


「私、パンプキンヘッドちゃんっていうの!」


 中身のないカボチャの中で元気な声が響く。


「中身を失くしたのに気が付いたのはいつですか?」


「わからなくって……。あっ! と思ったらなかったのよ」


 そもそも、パンプキンヘッドは中身をくりぬいてランタンや飾りに使われるためのもので、パンプキンヘッドがパンプキンヘッドとして生まれ自我を持った時に、中身がないのは当たり前だ。いばら署員はそう思ったものの余計なことは言わなかった。


「ちょっと、失礼」


 いばら署員がヘタでできた蓋を少し開けて中身を確認する。パンプキンヘッドちゃんの話す通り、中身はない。くりぬかれて、カボチャパイなどのお菓子に利用された可能性が考えられそうだ。


「依頼を受理します。ただ、あなたの場合、もしかしたらもう中身を食べられている可能性もあります。行方を探すことはできるかもしれないけれど、中身を取り戻すことはできないかもしれませんが、大丈夫ですか?」


「大丈夫! パンプキンヘッドちゃんの大事な中身を食べるなんて、そんな人いないよ! 大事なカボチャなんだから! ハロウィンで特別なのよ!」


 かぼちゃの中身の行方はすぐに見つかった。パンプキンヘッドちゃんの根拠のない自信虚しく、すでにお菓子の材料になった後だったのだ。


「えー、カボチャの怪異ぃ~? 参ったな、もうパンプキンクッキーにしちゃったよ」


 近所の八百屋でパンプキンヘッドちゃんに似たカボチャを親子に売ったという証言を得たいばら署員は、事情聴取のためにある家を訪れていた。パンプキンヘッドちゃんの写真を見せる。父親の方は覚えていなかったが、子供から顔の切り口が家でカットしたものと一致するという証言を得た。


「中身は既に調理済み……か」


「怪異に祟られますかね?」


 種はあるけど……、と子供連れの父親が困り顔で頭を掻いた。いばら署員が生ごみの中からカボチャの種を探して回収する。このくり出された種も彼女(彼?)の中身なのだから持ち帰るのが筋だろう。パンプキンヘッドちゃんが想像している大事な中身とは程遠いものと言われてもだ。


 カボチャをくりぬいた後にハロウィンの飾りにする予定だったけど、どっか行っちゃったなあ、と間抜けなことを言う父親に挨拶をして、いばら署員は署へと戻った。パンプキンヘッドちゃんの落胆を予想しながら。


 ***


 警備署の待ち合いでは、パンプキンヘッドちゃんが他の署員と歓談を楽しんでいた。


「あ、おかえり! 私の中身見つかった?」


 パンプキンヘッドちゃんが、待ってましたと立ち上がり、いばら署員へと駆け寄る。しかし、署員が事の顛末を報告すると、がーんと言いながら、ショックを受けて立ち尽くしてしまった。


「じゃあ、私の中身、クッキーにされちゃったの!?」


 残念だけどね……、いばら署員がそう言って、カボチャの種を差し出す。パンプキンヘッドちゃんは黄色の種を両手で受け取り、じっと見つめ、その後にふるふる震えて泣き始めてしまった。


「えーん、ひどいよ。私がパンプキンヘッドちゃんだからっていって、私の頭のカボチャを食べちゃうなんて」


 パンプキンヘッドになったのが先か、食べられたのが先か……判断はつかないが、とにかく怪異の大事な中身が失われてしまったというのが結論だ。すんすん泣いているカボチャの頭の怪異。かわいそうだが、これ以上この事件の捜査を続けることはできない。クッキーになったカボチャを元に戻すという行為は、警備署の仕事ではなく、他の職種の管轄である(直し屋とか)。


 あとは、このパンプキンヘッドちゃんが納得するまで付き合うばかり。


「えーん、えーん」


 カボチャに共感はできないものの、大事なものを失くしてしまったという事情にはいばら署員も同情する。かといって、この状況を収める術もない。迷子などで泣かれるのには慣れているが、あまりに悲しそうな泣き声にベテラン署員も途方に暮れた。


「おいおい、みんなして困った顔をしてどうしたんだい?」


「あ、署長」


 騒ぎを聞きつけたのか、署の奥から警備署署長まで出てきてしまった。木乃伊男のような装いをしているのは、西地区のハロウィンイベントで安全教室のテントを張る際の仮装の予行演習だろう。


 こんなところにカボチャのお化けがいるじゃないか、と署長がパンプキンヘッドちゃんを見て顔を綻ばせた。


「君もハロウィンの準備をしてるのかい。いい子だね。そんな子には、私がおやつを上げようかな」


 ちょっと失礼、と署長がパンプキンヘッドのヘタでできた蓋を取って、飴やクッキーを中に入れる。


「すんすん……。ありがとう。でも、中身を食べられちゃったよぉ」


「どうにか機嫌直してくれないかなあ」


 パンプキンヘッドちゃんを囲んで大人が思案していると、先ほどいばら署員が事情聴取をした家の少年が署内に入って来た。子供に手を引かれて、父親も一緒だ。


「あー! 本当にうちのパンプキンヘッドだ! せっかく、家に飾ろうと思ってたのに!」


 少年がパンプキンヘッドにちゃんにオレンジ色のクッキーを渡す。綺麗なカボチャの形にくりぬかれた橙色のそれは、先ほど家で焼き上がったクッキーに違いない。


「クッキー、私がもらってもいいの?」


「君から作ったクッキーなんだから、いいに決まっているだろう! これ持って一緒に家に帰ろう!」


 空の頭の中にはいっぱいのお菓子。手にはカボチャのクッキー。少年に手を繋がれて帰る頃にはパンプキンヘッドちゃんはすっかり機嫌を直していた。


「わーい、沢山お菓子を貰っちゃった!」


 ばいばーい! と手を振るパンプキンヘッドちゃんを警備署員たちが見送る。カボチャのオレンジがより強まる、夕方の出来事であった。

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