起きれた朝を数えましょう
はづき
第1話 恩師
少し前の話をします。
誰しも、恩師の存在というのはあるものでしょう。若いわたしにも、多くの恩師の存在があり、彼らがいたから、今の自分は形成されています。
中でも、わたしに大きな影響を与えた恩師、ここでは"彼"としましょう。彼について、思い出します。
彼とわたしはそこそこの年齢差があったものの、互いのコミュニケーション能力によって、着実に信頼関係は築かれていきました。
本来の関係性以上に、互いのプライベートも明かしていきましたし、そこに下心はなく、だからこそ、自分の思考を言葉に出来る関係でした。
自分の悩みを打ち明けることもあれば、良い報告を重ねることも、他愛もない話で盛り上がることもあって、わたしの心の休息は、あの場所でした。
互いを励まし、互いを鼓舞し、互いを認めて、"共生"するとはこのことだったんだな、と今も思います。
けれど、場所も場所、歳も歳。いずれ終わりが来ることは、最初から分かっていました。
予期していなかったのは、あまりにも終わりが早かったことです。
この関係に終わりを告げる連絡はあまりにも唐突で、理解出来るけれど、受け入れられないことでした。説明を無意識に求め、連絡がきたその日に、彼の元へ足を運びました。
しかし、彼は多くを語りませんでした。
「この場所から離れる。」
その一点張り。要するに、彼のプライベートの事象から、一つ決断が降りたのです。
…でも不思議と、わたしは冷静でした。終わりが来ることは前提だったからか、ずっと一緒にいた彼がその様な決断に至るのだから、仕方のないことだったからか。
「あまりにも急だ。」と文句をぶつけたものの、彼の今後を、幸せを、願うしかありませんでした。彼はそのくらい、懸命に生きていた。
今までの時間で築き上げた彼への理解は、そうやって形になったのだと思いました。
冷静に話は聞いたけれど、全くそれとは別に涙は溢れ出すばかりでした。ただ、悲しかった。もう少し続くと思っていた落ち着いた時間は、あっさりと終わりを迎えてしまうのだから。まだ話していきたいこともやっていきたいことも沢山あったのに。やるせなかったです。
彼との時間は終わりました。
今回の本題は、ここからです。
彼には上司がいました。その上司とわたしは、彼よりも長い付き合いではあったのですが、上司は忙しく最近はたまに顔を合わせるくらいでした。
彼が姿を消したタイミングで、上司と話す機会がたまたまありました。
「急に…いなくなったね。」
ここから、彼の話が始まったのですが、予想もしてなかったことを上司は言いました。
「彼は、皆んなから好かれてた?ちゃんとしてた?」
ニュアンス、このようなことを問いかけてきました。わたしは耳を疑いました。彼は、この場所では慕われていたし、色んな人と言葉を交わしていましたから。「なぜそんなことを聞くんだ…?」と思いながら、
「勿論!しっかりしてましたし、皆んなと良い関係を築いていたと思いますよ。」
…「身体だけは、弱かったし、よく心配になりましたけど」
それを聞いた上司は、なんともいえない笑みを浮かべました。
「まぁ…ちょっとそれは仕方ないよな。そうか。…それなら良かったわ。」
わたしはなにか、不思議な違和感を覚えたので、思わず聞いてしまいました。
「どうして…そんなことを?」
「んー?いや……」
上司の言うことは、つまりこういうことだった。彼は社内じゃ消極的な方だと。他の部署が参加するものもあまり参加しなかったし、なんというか、勢いがなかった。彼は本当に、周りの人から慕われていたのか?ちゃんと仕事を全うしていたのか?そう、思ったらしいです。
…あまり、感じたことの無い衝撃でした。なんせ、上司から聞いた彼の姿は、わたしの知ってる彼とは全く違う人柄でしたから。
前半、長々と綴った彼との話は、"わたしの知ってる彼"を説明するためです。…彼と離れたあと、彼の知らない姿を知りました。180度、印象が変わりました。いえ、わたしの知ってる彼は、彼です。180度違う姿を、彼は持っていただけです。
『目に見えるものだけを 信じてはいけないよ』
わたしの好きな歌にそんな歌詞があります。彼のことは信じていましたし、それが間違っていたとは思いません。でも、目に見えるものが全てでは無い、と凄まじい衝撃がわたしに走りました。よく聞くこんな言葉、初めてちゃんと理解したと思いました。
彼は今、どこでなにをしているだろう。きっと彼は懸命に生きています。それが、わたしたちの積み上げた時間の答えです。わたしの中ではずっと恩師です。
彼のことを、たまに思い出します。
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