女番長は転生した〜異世界がなんぼのもんじゃい!〜

オルレアンの人

1.女番長は現れた

 私は今.....檻の中にいる。

 領主様から頂いた私の部屋。

 藁のベットとトイレ用のバケツ、それしかない部屋。

 夜になれば明かりは鉄格子の窓から入ってくる月と天星という惑星の光りだけ。

 薄暗く、ネズミや虫も入ってくる不衛生な場所。


 私は11年間、仕事を終えるとここで眠っていた。

 そして今日も、テムルディー様の屋敷を掃除をし終え、眠ろうと藁のベットに横になり、目を瞑った。


 すると突然部屋は光に満ち、驚いた私は起き上がる。

 床から円形状に光が出ており、その光はどんどんと消えていく。

 そして今、目の前に......。


「おー....本当に生き返ったぞぉぉぉ!!!!」


 黒と赤の見たことのない服とロングスカート、長い黒髪を垂らし目元にほくろのある女性。

 何処からここに入ってきたのか、鉄格子の窓と扉は壊されていたり開いていたりはしていない。

 もちろん床や天井にも異常はない。


 私が困惑して見ていると、その女性と目が合った。


「うわっ!!!誰だお前!!?」

「こ...こっちのセリフです....!」


これが、私と彼女との出会いだった。



 母から貰った名前があった。

 けど今は違う。

 

 父は母曰く故郷に帰ってしまい、もう戻って来ないらしい。

 母は私が3歳の頃に亡くなり、行くあての無い私は、当時新たに村の領主となった貴族家、テムルディー家の次男『アゼル・テムルディー』様に引き取られ、新たに『ラルーエット』という名を与えられた。

 

 使用人として働き続ける自由のない雑用の日々。

 少しでも満足いただけない掃除をした場合や疲れて休んでしまった場合、アゼル・テムルディー様と当主のテムルディー様による、躾けと称した鞭打ちを受け、無理やり働かされた。

 

 気付けば私は11年間ここで育ち、それが当たり前の事と受け入れていた。

 母から貰った名前も、気づけば忘れてしまった。

 私はずっとこのまま、この狭い世界で生きていく運命なんだ......。


「ほ〜ここ牢屋なのか!まぁ見りゃわかるけど。ったく、あいつ変なとこに飛ばしやがって〜」


 そう思っていた所に、見慣れない格好をした女性が現れた。

 女性は私の部屋を隈なく見渡した後、私の前に胡座を組んで座った。


「あの.....貴方は....」

「オレか?オレァ京極蓮嘩きょうごくれんかってもんだ!気軽に姐さんって呼んでくれてもいいぜ!玄武高校で番張ってんだ!よろしくな!」

「キョウゴク.....レンカ.....」


 家名を入れてるという事は、きっと貴族かそれ相応の偉い方なのだろうか。

 

「当主様に何か御用ですか.......?」

「当主?オレはここに飛ばされただけだ、そんな奴に用はねぇよ」


 先ほども言っていた、飛ばされたとはどういう意味なのだろう。

 この部屋に入るには牢の扉の鍵を開けて入るしかない、飛んでくるなんて不可能だ。


「あの.....当主様に屋敷に入る許可は頂きましたか......?」

「許可だぁ?知らん!何度も言ってるがオレが飛ばされた場所がここだったんだよ!」

「え、という事は....不法侵入ですよ.....。当主様にバレたら大変な事に......!」

「でぇじょぶでぇじょぶ!不法侵入の1回や2回、頭下げりゃ許してくれるって!」

 

 キョウゴクさんはかなり元気の良い声で常に笑みを浮かべており、事の重大さに気付いていない様子だった。

 ただ幸いな事に、屋敷はまだ静か。

 侵入者がいる事に誰も気付いていないはずだ。


「いえまずいですよ....!まだバレてなさそうですし、何とか静かに逃げないと....!」


 この家の当主テムルディー様は数十年前にこの国、イベイア連盟国を襲おうとした海賊艦隊と戦い勝利し、海賊から奪った財宝を国に納め、その功績で貴族の地位を手に入れたお方だ。

 

 もし侵入者がいるなんて知れば、きっとお怒りになり、キョウゴクさんの身が危険だ。


「まぁ安心しろって、こんなサツに捕まってる感じのする場所に長居する気なんてサラサラねぇし!オレはすぐに消えっからよ!」

「消えるって.....」


 逃げないと....なんて言ったものの、牢の扉には鍵がかかっており、早朝に鍵を開けてくれる人が来るまで閉まったままだ。

 この部屋から抜け出す事なんてできない。


「そういや、お前は何て名前なんだ!聞いてなかったよな?」


 私の心配など気に留めず、キョウゴクさんは私の名前を聞いてきた。


「え....私の名前は.....ラルーエット....」

「そっか。......親が嫌いなのか?」

「え、何でですか....?」

「何か、自分の名前が気に食わない感じの言い方だったからよ」


 キョウゴクさんに自身の心の内を言い当てられ、ドキッと胸が鳴った。

 亡き母がつけてくれた名前を名乗る事は許されなかった、ずっとこの名前を名乗ってきた。


「ま、あんま深入りする気はねぇから安心しろ!歳はいくつなんだ?」

「歳.....14です」


 そう私が答えると、キョウゴクさんは心底驚いた表情を見せた。


「14!?私の2つ下かよその体で!?12歳くらいにしか見えねーぞ!もっと肉食え肉!!」

「お肉だなんて!そんな贅沢な食べ物.....」

「よっしゃ!そんじゃこっから出たらオレ特性の肉肉しい丼作ってやる!!家まで案内しろよ!」

「....ここが私の家です」

 

 顔を俯け、私は言った。

 私には帰るべき家がない。

 私を引き取ってくださったこの場所以外には。


「は?ここ牢屋だろ?何で自分家にいるくせに牢屋に入ってんだよ?そもそも何で家に牢屋なんてあんだよ変てこな趣味の家だな」

「アゼル様が私に与えてくださった部屋です.....11年間ここで暮らしてるんです」

「.......あ?」


 私がそう答えてキョウゴクさんの方を見ると、キョウゴクさんから笑みが完全に消えていた。

 目の色もさっきまで見せていた気楽な感じの目ではなく、私の奥を睨みつけるような鋭い目をしていた。


「......おいラル....あー、チビ助」

 

 声色も、何処か怒っている気がした。


「詳しく聞かせろ。ここが何処でアゼルってのは誰で、お前はここの何だ」

 

 その気迫に押される様に、私の震える口は自然と動き出した。


「こ....ここはテムルディー様のお屋敷です.....この一帯の村を治めているテムルディー家当主のお方で....アゼル様はそのテムルディー家の次男になります....それで、私はアゼル様に拾っていただいた使用人です....」

「あー....難しい!もっとわかりやすく言え!!」

「え.....貴族家のお屋敷で....私は、その家のアゼル様の元で働かせていただいています....」

「つまりお前をここに閉じ込めてんのはアゼルって野郎でいいんだな?」

「ち、違います.....アゼル様は私をここに住まわせてくれて....」


 キョウゴクさんは私の両肩を掴んだ。

 その掴む手は力強く、服を通して肌に熱を感じる程に。


「自分で言うのも何だけど、オレは結構馬鹿だから難しい事はわかんねぇけどよ、お前は本当にこの生活に満足してんのか?使用人っつったか、家事だとかする職業だったよな確か。何でそんなに怪我してんだお前」

 

 キョウゴクさんは私の手をチラッと見ながらそう聞いてきた。


「こ....これは....」

「....背中になんかあんな、服脱いで見せろ」

「....え!?いえ服はちょっと....!」

「いいから脱げやゴラァ!!」


 キョウゴクさんは声を上げ、私の服を無理やり脱がし、私の上半身は素肌を晒した。

 服を脱がしたキョウゴクさんは、私の背中を見ようと私を動かし.......私は背中を見られてしまった。


「........鞭ってところか」

「も.....もういいですか.....?」

「ああ、もういい」


 キョウゴクさんから服を返してもらい、私は急いで服を着直した。

 私が服を着る間、キョウゴクさんは立ち上がり、腕を大きく伸ばした。

 まるで準備運動でもするかの様に。


「おい」

「....はい?」

「決めたぞ、私は今からアゼルをぶっ飛ばす。そんでお前は私の子分になれ」

「.....は?」


 この人は今なんて言ったのだろうか。

 アゼル様をぶっ飛ばすと聞こえた様な気がした。

 流石に気のせいだろう、気のせいのはずだ、さもなければきっと冗談だ。

 だって相手は貴族だし殴ればどうなるかなんて誰にでもわかる。

 すぐにテムルディー様が兵士を率いて殺しに来る。

 それにキョウゴクさんには殴る理由なんて何もないはずだ。

 けど.....冗談にしてはキョウゴクさんの顔は本気だった。


「ちょ....ちょっと待ってください!今なんて……」

「だから、アゼルをぶっ飛ばすっつったんだよ。気に入らねぇ」


 キョウゴクさんは拳を鳴らす。

 ゴキリと響くその音に、背筋が凍る。

 気に入らない.....そんな理由だけで貴族を殴るつもりなのか。


「だ、駄目ですよ!そんなことしたら、すぐ兵士が……」

「上等だろ?百人来ようが千人来ようが、まとめて吹き飛ばしてやる!!」


 まるで天気の話をするような軽さで言い放つ。


「それに私が子分って……」

「いいか?子分ってのは姉貴分がしっかり守らなくちゃいけねぇ存在の事だ。そして、子分が間違った生き方をさせねぇ様にしてやるのも、姉貴分の仕事なんだ!」


 この人は本気で言っている、その目が物語っていた。


「この世にせっかく生を受けたってのに、お前みたいな本当の生き方も知らねぇ奴に.....今から私が、本当に生きてる奴ってのを見せてやる....!!」

 

 拳を鳴らし終え、キョウゴクさんは鉄格子に向かって拳を引き、構えた。


「本当に....生きてる奴......?」

「お前の背中にあったアザ、全部私が返してやるよ……アゼルとかいうクソ野郎にな」


 キョウゴクさんはそう言い終え、小さく息を吸い、鉄格子に向かって拳を振った。


 とてつもない衝撃音と共に、一撃で鉄格子は粉砕した。


 目の前で起こったそのありえない現実に、私は目を見開き立ち尽くす。


「よし行くぞ!アゼルってのはどこにいんだ?」

「....え、いやいや....え?」


「地下牢で音だ!!侵入者か!!?」

「警備の者!直ちに地下牢へ急げ!!」


「お?誰かくんな」


 廊下の奥、階段から男達の声と共に足音が聞こえてきた。

 驚き何もできない私を抱え、キョウゴクさんは牢から飛び出す。

 同じ女性とは思えない程の速さで廊下を駆けていき、その階段を目指した。


「ほら!アゼルの部屋はどこだ!!」

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