人類は一度記憶を失っている

イクジム

序章 蝉

この作品に登場する仮説や歴史解釈は、すべて作者の創作によるものです。


科学的根拠や史実とは異なる部分がありますが、それもまた物語の一部としてお楽しみください。






蝉の声が消えた世界を想像したことがあるだろうか。


もし夏の夕暮れに、あの騒がしいほどの鳴き声がなかったら。


木陰もアスファルトも、ただの無音の風景になる。




ある夏の日、ふと「蝉がいなかったら世界はどうなるんだろう」と思った。


最初はただの思いつきだった。


けれど、その問いは気づけば僕をどこまでも遠くへ連れていった。




蝉の存在は、地球にとって決定的ではない。


いなくても地球は回り、人類は生きていけるだろう。


けれど、世界は少しだけ味気なくなる。


「なくてもいいけれど、あったほうが豊かになるもの」──それが蝉であり、そして人類の記憶や浪漫もそうなのかもしれない。




蝉の声は、ただのきっかけにすぎなかった。


けれど僕はそこから「人類は一度、記憶を失っているのではないか」という仮説にたどり着いた。


失われた文明。忘れられた真実。神話に変換された断片的な記憶。




この本は、その「浪漫」をめぐる対話の記録である。


証拠はない。けれど、疑うことは前向きであり、信じることは未来を豊かにする。


──だから僕は、この仮説を信じたい。

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