Angelic Storia ―Re:incarnation version―

紡生 奏音

Prologue ଓ 「物語」の始まり 〜the beginning of 〝Storia〟〜


 ――その「世界」と〝神〟には深い、深いつながりがあると言われていた。


 どこまでも広い海に囲まれ、豊かな緑に囲まれたその「世界」の名前はテレスファイラ。――神秘の息吹が宿る豊穣ほうじょうの地。

 人々はその「世界」のことを親しみを込め、通称でテレスとも呼んでいた。

 その地――テレスファイラにまう人々は、世界に宿る神秘の息吹を神々がもたらすものと噂し、その恩恵に感謝し、豊かに暮らしていた。

 また、人々は時に、生まれ持っている能力ちからである魔法を上手く使い、暮らしをより良いものにしていた。


 ――これはその「世界」を舞台につづられるとある「物語」。


 その「世界」テレスファイラで繰り広げられた、人間ひとを――そして〝神〟をも巻き込んだ、ある〝一人〟が生きた証となる「物語」だ。


    ଓ


 その日「世界」が震撼しんかんした。――「世界」に在る全てのものが「何か」にざわめいていた。


 まるでその「何か」のことを回りに知らせるかのように、あらゆる自然も騒がしくしていた。

 そのざわめきはとある森にまで及んだ。そこにはとある神達が石碑せきひに封印されており、普段ならばその森は何者の目にも止まることなく、ひっそりと暗闇の中で潜んでいるだけだった。

 けれど、その時ばかりは違っていた。

 石碑を取り囲む木々も静かになることはなく、まるで「誰か」に呼び掛けるかのように騒いでいる。


 ――そのあまりの騒がしさに、一人の女神は覚醒した。


 「いつも」なら、真っ先に見えるのは森の木々のはずだった。けれど、その時、女神の目に映ったのは彼女自身が封印されているはずの石碑だった。

 驚いて彼女は目を見開くが、相も変わらず石碑にはめられている珠がそこにあることに気付いて、封印が解かれたのではないことを悟った。

 木々のざわめきに耳を傾けながら、彼女は周りに強い〝力〟が満ちているのを感じ取った。……封印されているのに姿をあらわすことができたのはそのせいだろう。

 ふと、彼女の存在に気付いたのだろうか、木々が一瞬しんと静まり返った。かと思えば、一斉に「木霊こだま」を起こし、彼女に「とある言葉」を伝えたのである。



――戦いはかつて一旦の終わりを告げた。

  だが、それは決して完全な終焉しゅうえんではない。


  いつの日か、人間ひとの身でありながら、大いなる〝力〟をもつ者が誕生するであろう。

  その〝力〟は、かつてこの地に生まれた「姫」よりもさらに強く、我らが御上おかみである大神おおがみにも匹敵するほど強大なものとなる。


  この世にその〝力〟をもつ者が誕生したその時、神々をも巻き込んださらなる戦いが幕を開けるであろう。



 それは以前むかし、予言の神が残した言葉――予言だった。

 ……どうして、今? まさか、予言が今この時実現する――いや、実現したということなのだろうか。

アリィ・・・、そこにいるかね?〟

 木々が伝えようとしていることの意味を彼女が考えていると、どこからともかく呼び掛ける〝声〟が聞こえて来た。

 すぐさま、顔を上げ、彼女は〝はい〟とうなずいてこたえる。

 彼女のことを愛称なまえで呼ぶその〝声〟は神々の御上――大神のものだった。

〝あぁ……やはりそちらにも影響が出ているのだな? 今知らせがあってね、もうすぐ生まれるそうなんだ〟

 ……やはりか。大神の言葉に確信を持っていると、ふと、彼女の目の前に一つの「羽根」がふわりと舞い降りてきた。

 はっとして、彼女はその「羽根」に手を伸ばす。触れると同時に「羽根」は消えてしまい、かわりに別の「言葉」を残していった。



――大いなる〝力〟を持つ者が今ここに誕生した。

  その〝力〟は繁栄と破壊をも、もたらすもの。

  いずれ、かの者をめぐり、戦いの幕が開かれるであろう。


  かの者、「繁栄」をもたらす時、〝神〟の境地まで至り、天界オルヴェンジアと世界テレスファイラを結びつけるだろう。

   かの者、「破壊」をもたらす時、世界はやがて「終焉しゅうえん」を迎えるだろう。


  どうか、我らが御上よ、祝福を与え給え。

  かの者に幸福があらんことを。


 ――羽根が残した「言葉」は誕生の瞬間に予言の神から授かる「誕生の予言」だった。

 通常であれば、触れることがあっても本人だけなはずだったが、彼女と深く関係していると理解している予言の神が彼女の元にも「誕生の予言」を知らせたのだろう。

 「誕生の予言」ということは……。

 ――今まさにこの瞬間とき、〝彼女・・〟が生まれたことを意味していた。

 木々が騒いでいたのも、周りに強い〝力〟が満ちていたのも〝彼女〟が生まれたからだろう。

 ……それにしても、なんで強い〝力〟なのだろう。封印されている身である神一人を一時的にび起こしてしまうなんて。

 そう感心していた彼女だったが、影響を起こしてしまうのは神だけではないかもしれないとふと思い当たった。急いで石碑へと振り返り、まだ森に満ちている〝力〟を集め始める。

 彼女が行動している間にも、歓喜よろこびの声を上げているつもりなのか、木々がまだざわめいている。

〝……お願い、静かにして。 悟られて・・・・しまうでしょ〟

 その一声で辺りが、しん、と静まり返った。

 一息いて、彼女は集めた〝力〟を目の前の石碑に向かって放出した。――まだ目覚めてほしくない【モノ】達の封印を少しの間強化したのだ。そうすることで悟られる・・・・こともなく、まだもうしばらく時間が稼げるだろう。

 一通りできることを終え、もう一度大きく息を漏らし、彼女は先程の「誕生の予言」のことを思い返した。

 ……そういえば、「誕生の予言」を知らせた「羽根」に触れた時、〝彼女〟の姿が少しみえた・・・気がした。――赤子の姿と、少し未来さきの〝彼女〟が成長した姿を、だ。

 ――守らなくてはいけない。真っ先にそう思わずにはいられない彼女だったが、事実、〝彼女〟を守るという使命が彼女にはあったのだ。

 けれど、まだ・・「その時」ではないのだ。――今は、まだ・・げんに、来たるべき「その時」を万全に待つために、辺りに満ちあふれている〝力〟を、目の前の【モノ】達に悟られ・・・ないように使っているのだ。……本音を言えば将来のためにも、この〝力〟を貯めておきたいと思うほどなのに。

 〝力〟を送り続けていると、まだ悟られていないようだが、目の前の【モノ】達の片方が何かを感じているのか、動こうと――抵抗しようとしているのを感じた。……そうはさせない。彼女は集中して、その片方に〝力〟を注いだ。

 その最中のことだった。周りに満ちあふれていた〝力〟がなぜか突然、ぐんと強まったのだ。理由は分からなかったが、彼女は慌てて強まった〝力〟を集約させ、抵抗している【片方】にぶつけることで、何とか悟られ・・・ずに済ますことができた。

 しばらく経ってようやく、辺りも静かになり、あふれていた〝力〟も微量程度にしずまった。

 それと同時に、彼女は自身の姿が薄れていることに気付いた。……どうやら、ひとまず「役目」を果たすことができたらしい。

 ――ならば再び、〝彼女〟と出逢う日まで、封印眠りにつくことにしよう。

 最後の確認で念入りに石碑に視線を送った後、彼女はそらを仰ぎ、〝彼女〟のことを思いながら、自ら姿を消し、再び封印の身となったのだった。


    ଓ


 ――時は少しさかのぼって。

 テレスファイラにおける病院の役割をになう施設の一室で、とある一人の赤子が誕生した。

 本来ならば、喜びに満ちているはずのその場所はなぜか物音すら聞こえないほど静まり返っている。

 出産を終えたばかりの女性とその夫である男性、控えていた治癒の魔法を得意とする医師や助産師、看護師の三人が部屋にいたが、全員が息をらし、その場に立ち尽くしていた。そして、その視線は女性が抱いている赤子へと注がれていた。

 ――その赤子はあまりに美しかった・・・・・のだ。少し生えている薄い黄色の産毛は金色に輝いているように見えた。そして、その赤子は産まれながらにして「聖なる気」をまとっていて、まるで「天使」のようだった。

 全員が赤子に見惚みとれている中、その部屋の扉を叩く音が沈黙を破った。

「お邪魔しまーす!」

 返事を待たずに勢いよく扉を開け、腹部が大きく膨らんでいる黒髪の女性が元気よく挨拶あいさつをしながら、中に入って来る。

「――ってあらやだ、なんで皆黙ってるの? まぁとにかくおめでとう、フェリア!」

 母親になったばかりの女性――フェリアの横たわる寝台ベッドに駆け寄って初めて、黒髪の女性は室内に沈黙が降りていたことに気が付いたようだが、特に気にする様子もなく、話を続けた。

「……ありがとう、レイナ」

 まだ緊張しながら、フェリアは赤子をのぞき込む黒髪の女性――レイナの反応をうかがう。……いや、その場にいる全員がレイナの反応に注目していた。

 多くの視線が集まっていることも気に掛けず、レイナがまじまじと赤子を見つめ、一瞬動きを止める。

「ねぇ、抱かせて……」

 そして、先ほどまでとは打って変わって、小さな声でそう漏らした。

 すぐにフェリアが赤子を抱かせると、レイナは小さく身震いしながら、「なんて……」とつぶやいた。

 その言葉の続きを、全員が息をんで待つ。

「――なんて、可愛いの!! あぁやだ、ねぇ、こんな可愛い、嬉しいよね! あなた・・・のお友達になるのよ! あ、あなた・・・、男の子だったら嫁にもらっちゃいなさいね」

 やはりその場の空気を一切気にもめず、レイナは興奮した様子で、彼女の腹部に宿る新しい生命に語り掛けながら、そんな言葉を大きな声で口にする。

 ――その瞬間、フェリアが吹き出し、他の全員の緊張が一気にほぐれた。

 同時に全員が、赤子がまとっている「オーラ」や美しさについて、それ以上深く考えないことを決めたのだった。

「ねぇ、名前は? もう決まってる?」

 レイナが赤子をフェリアに返しながら、そう尋ねる。

 迷いなく、フェリアはうなずくと赤子をあやしながら、「エリンシェよ」と答えた。

「エリンシェ……『エリン』ね。 とっても可愛い名前ね」

「……フェリア」

 レイナの言葉を聞いたフェリアの夫であるタルナスが、不服そうにフェリアに呼び掛ける。どうやら、レイナが赤子――エリンシェの愛称なまえをすぐに付けたことが不満らしい。

「タルナス、でもいい愛称なまえよ。 ね、エリン」

 フェリアがタルナスをたしなめるように話していると突然、扉の外で大きな笑い声が響き渡った。そして、その後すぐに扉が開かれ、灰色の長い髪を一つにまとめた大柄な男性が赤子を連れて来訪した。

「俺もいい愛称なまえだと思うぜ、タルナス。 まぁそれはさておき……よお、みんな、元気だったか」

『グラフト!!』

「本当、珍しいわね」

「いつもなら旅に出てる頃よね? それなのに、来てくれるなんてどうしたの?」

 その男性――グラフトの姿を見て、フェリアとレイナが同時に叫び、そして間を置かずに、彼に話し掛け、質問を投げ掛ける。

「できるなら、そうしていたさ。 だけど、今日は息子せがれが嫌に泣くもんだからめておいたんだ。 それでどうしたもんかなと悩んでいたら、女房から今日はフェリアの出産日だって寄ってみたんだ」

「だけど、息子さんを連れてくることはなかったんじゃない?」

「おう、実はそれも理由ワケがあってだな……。 俺からちょっとでも離れようもんなら、急にぐずり出すんだ。 だから連れて……――」

「――あう!」

 事情を話しながら、フェリアに近付いたグラフトに反応するかのように、突然エリンシェが声を上げる。

 それと同時に、エリンシェは手足をじたばたと動かし始めた。……まるで「何か」を待っていたかのように。

 すると、その行動に応えるかのように、グラフトの腕の中でも、彼の息子が「あう、あうう!」と同じように手を動かし始めた。

「どうした、ジェイト」

 グラフトが突然活発になった息子――ジェイトを落ち着かせようとあやすが、一向におとなしくなる様子はなかった。

 不思議に思ったフェリアは首を傾げながら、エリンシェとジェイトを見比べる。……まさか?

「グラフト、その子をこっちへ」

 言われるがまま、フェリアに近付いたグラフトの距離が近付き、すぐそばまでのところまで来ると、ふたりはぴたりと動きを止めた。

 腕の中で、ジェイトがエリンシェの方へと手を差し出しているのに気付き、グラフトはフェリアの方へと身を寄せる。

 エリンシェも〝彼〟に応えるかのように手を伸ばしているのに気付き、フェリアも〝彼女〟をグラフトの腕近くまで距離を詰めた。

 そして、ゆっくりと――。


 ――ふたりの手が繋がれた。


 そのまま、ふたりはお互いの手を握り、しばらく手を決して離そうとはしなかった。

 誰もがそんな光景に目を疑って、息を呑んでいる。


 ――その光景はまるで奇跡だった。

 ふたりの赤子が――ましてや、片方の赤子はまだ誕生したうまれたばかりなのに、手を握るなんてあり得ない。

 その上、ふたりは手が繋がるまで、お互いに声を出し――呼び合っていたのだ。


 しばらく、その場にいた全員が驚愕きょうがくし、口を開くことができなかった。


「……このふたり、何か縁があるのね」

 ようやくレイナがそうつぶやいて、フェリアが応えるようにうなずいた。

「ジェイト……お前、このいたかったんだな」

 納得したようにつぶやいたグラフトがちらりと窓の外を見て、慌て始めた。

 ――いつの間にか、日がもうすぐ暮れそうだった。

 手を握り合っているふたりは、安心しているのだろうか、眠そうにしている。

「そろそろ帰らないと。 ……ごめんな」

 躊躇ためらいながら、グラフトはエリンシェに向かって謝罪の言葉を口にし、ゆっくりとふたりを引き離し始める。名残惜しそうに手が離れたのを見て、グラフトはますます気が引け、居心地が悪くなった。

 手が離れると、グラフトは短く別れの挨拶をして、振り返らずに部屋を後にした。

 グラフトとジェイトの親子がいなくなった途端、エリンシェが大声で泣き始める。

「私の天使エリンシェ、泣かないで。 大丈夫、きっとあの子とはまた会えるから」

 そう言って、フェリアがエリンシェをあやしたが、エリンシェはしばらく泣き止もうとはしなかったのだった。


   ଓ


 ――これが全てのはじまり。

 だが、その日はただの前触れにしか過ぎず、「物語」は此処ここから始まるのだった。

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