夏の終わり~栄太郎と夏の日~

夢月みつき

本文「夏の終わり~栄太郎と夏の日~」

 登場人物紹介


 ・塚餅栄太郎つかもちえいたろう

 小学五年生の少年、しっかり者で優しい性格。 


 塚餅栄太郎・挿絵

 https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818792440096591265






 昭和三十九年、豊かな自然に囲まれた山村の高芦村たかあしむらに住んでいる、

 

 三人兄弟の次男坊じなんぼう、小学五年のつかもちえい太郎たろうは、夏の終わりに願いに行こうと隣町の神社まで自転車を飛ばしていた。

 父親が急に入院をしてしまい、その全快を願いに行くのだ。



 暦の上では秋でもまだ、充分じゅうぶんすぎる気温の高さと太陽の照りが栄太郎のペダルをこぐ速度を落とす。

 田畑たはたが広がる舗装ほそうがされていない道に、力尽きたせみたちが転がっていた。



 栄太郎は、その蝉の姿に去年亡くなった祖母の姿を重ねて、父のことを思うと居ても経ってもいられなくなり、自転車のペダルを踏む足に力を込めた。


「ばあちゃん、父ちゃんを守ってくれよな!」





 ◎◆◎◆◎





 しばらくして、神社に着いた栄太郎は、村より少しだけ、立派な神社の鳥居とりいを緊張しながらくぐる。


 初めて見る景色、神社の鳥居を守る狛犬、村の神社には慣れ親しんでいたが、知らない土地の神社ではどうも、勝手が違うように感じられた。



 神社には大きなかしの木があり、所々に秋を思わせる猫じゃらしや秋の草が生えている。


 どこからか、シオカラトンボがヒョンと飛んで来て、目の前を何食わぬ顔で横切って行った。


 歩きながら、彼はふと足を止め半ズボンのポケットに突っ込んで来た硬貨を、取り出した。

 すると、五円玉と一円玉を合わせて三十円が入っていた。



 湿気と蒸し暑さで、栄太郎のランニングシャツに汗が滲み出てひたいから、顔の輪郭りんかくに沿って汗が滴り落ちる。



「——たったの三十円か、全然足りないと思うけど、これが今の僕の精一杯だ」


 彼は首に下げていた手ぬぐいで、汗をぬぐうと賽銭箱に大事な三十円を投げ入れた。


 パンパンと両手で柏手かしわでを打ち、鈴をガランガランと鳴らし、坊主頭を深々ふかぶかと下げて、願う。



「どうか、どうか父ちゃんが一日も早く元気になりますように! よろしくお願いします」



 栄太郎は心を込めて神社の神様に祈った。


「神様に願いが届いて、父ちゃんが元気になって、母ちゃんも明るさを取り戻せたらいいな」



 そうつぶやくと、栄太郎はもう一度、お辞儀をして自転車にまたがると神社を後にした。



 その日から、栄太郎は神社に通い続け、願いが届いたのか、一か月後に父親の退院が決まった。




 ~おわり~  




 最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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