劣等勇者の冒険譚〜恩返しのために修行してたら世界最強になってました〜

モグラ亭叩乃助

プロローグ

プロローグ

 夢を見ていた。古い記憶だ。母と、手を繋いで帰った夕暮れだ。

 

 もうその頃には弟が産まれていた。母はまだ産まれたばかりの弟が乗ったベビーカーを片手で押しながら、もう片方の手で、俺の手をしっかりと握っていた。

 足元には母と俺とベビーカーの影がすっと伸びていて、歩いても歩いても追いつけないのがおかしかった。母は親戚からも、賢く礼儀正しくて良い子だと褒められていた俺を愛し、弟にも俺のようになって欲しいと言った。俺はそれがとても誇らしかった。

 

 幸せな懐古はすぐに終わり、場面が切り替わる。


 舞台上に立たされた自分を観客席から眺めるような感覚。

 

 中学生だろうか。

 弟は年齢を重ねるにつれ、徐々にその優秀さを発露させ始めていた。友人は多く運動会ではリレーを務め、作文は表彰される。両親は弟が神童であると気づくと同時に、兄の不要さにも気づくようになっていた。


 両親が俺をお荷物だと思うようになると、弟も俺を蔑むようになった。

 

 弟のようになって欲しい、と言われるようになった。これじゃああっという間に抜かされちゃうよ、という母の言葉は、大した時間をかけず、お兄ちゃんも少しは頑張って、という言葉に変わる。それはいつしか弟に向けた、兄ちゃんみたいになるなというメッセージに変わり、弟は俺をあからさまに見下した。

 

 次の場面は弟の高校受験の大成功と、俺の大学受験の失敗だ。

 俺は少しでも弟に追いつこうと、両親からの関心を取り戻そうと、血反吐を吐く思いで勉強して、大学受験に臨んだ。

 

 その結果が惨敗。

 言い訳のしようもないほど俺は落ちこぼれていた。

 

 一方で弟は県内トップの高校に軽々入学し、両親をたいそう喜ばせた。

 母は、俺の大学受験失敗に何も言わなかった。気づいてもないみたいだった。

 俺はその日から部屋へ閉じこもるようになった。それでも両親は何も言わなかった。

 


 

 ふと目が覚めると、もう夕方だった。

 秋も深まってきて、この頃夜は冷える。

 腰くらいまでずり下がった布団を頭まですっぽり被った。


(嫌な夢みたな)

 

 脳裏から振り払ってしまいたいような人生。現状。昔は母さんも、周りの人も利発だと皆褒めてくれたのに。

 弟がいなければ俺だって十分優秀になれていた……いや、こんな思考は無駄だということは本当はわかっている。

 

 だが扉一枚向こうには暖かい家庭がある。昔は俺もいた家庭だ。幼少期の記憶に縋り、俺は肥大化した自尊心をどうも持て余している。弟が初めて彼女をつれてきた日、久しぶりに母が俺に話しかけてくれた。

 

「今日はコウちゃんの彼女がくるから、出てこないでね」

 

 俺は声もなく頷いた。

 頭まで被った布団の中で、ぎゅっと目を瞑った。

 俺は家族のお荷物だ。

 暖かい、不自由ない家庭の癌でしかない。弟が俺でのストレス発散に興味を失った今、存在価値などないのだ。

 死ねないから生きているだけ。

 殺せないから生かされているだけ。


 涙が溢れて止まらないのは、最近、起きたら毎日、そうなのだ。

 布団の中が苦しかったから、ふと、目を開けて布団を剥いだ。

 

 あたりは一面真っ白だった。


「……え?」

 夢の続きかと思った。

 あの確かな不快感、泣いた後の喉の奥のしょっぱさが、夢でないと伝えてくる。いつの間にか横たわっていたベッドも、さっきまで被っていた布団もなくて、ついでに服すら着ていなかった。

 目を擦っても頬を叩いても一向に目は覚めない。全く訳のわからない空間で一人、全裸。いくらなんでも恐ろしい。

 

 もう一度目を擦ると、ぼんやりと、黄色い靴のようなものが見えた。小さな靴が4つ……さらによく見ると、白い足が見える。

 はっとして目線を上に上げると、目が痛いような金色のドレスを纏った小さな女の子が二人、こちらを見下ろして立っていた。

 鏡写しのような双子の幼女たちは驚くほどの美形だったが、その目には温度がなくどこまでも冷たい。

 

「あの……君たちは……」

 

 久しぶりに声を出したから声が掠れる。二人の幼女は顔色ひとつ変えずにこちらを見て、何か言葉をかけてくる。

 

「————」

「—————。」

 

 二人は口々に何か言葉をいうが全く理解できない。アジア圏の言葉ではなさそうだが、聞いた感じ英語でもない。よしんば英語だったとして、今の俺にはそんなリスニング力はないのだ。

 幼女たちは俺が呆然としているのを見ていささか困ったようだった。温度のない瞳が訝しげに曇る。

 すると、片方の幼女がそうだ、といったように手を叩いた。もう一人の方に耳打ちすると、片方も心得た、というように頷く。

 次の瞬間、脳天に感じたことのない衝撃が迸った。

「う、あっ……」

 頭が割れるような衝撃に声がでない。脳みそが口から飛び出たような感覚だ。痛みを感じるまもなく俺は気絶した。幼女二人の手にとてつもなく大きなハンマーのようなものが握られていることが、視界の端に見えていた。

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