第41話時間と共有
8月11日。
季節は夏真っ盛り。今日も俺達を死滅させるつもりなのだろうかと抗議したくなるほどの日差しがじりじりと辺りを照り付けている。
クーラーの効いた部屋の中で泥のように溶けていたくなる、そんな夏の日に俺は駅前にいた。
目的は、如月との待ち合わせ。球技大会でのデートをするという約束を果たすためだ。
程なくして、如月がやってくる。胸元には、俺と同じく輝かしいイルカのネックレス。
「日向くん!お待たせ」
「いや、待ってないよ。……ていうか、まだ一時間前だぞ?」
「それはこっちの台詞よ。こんな夏の日に一時間も前に待ち合わせ場所に来るだなんて、お互い死にたいのかしら?」
どうだろうな、と笑い合って俺達は早めのデートを開始することにした。
今日は駅前のビルに併設されている映画館で映画デート。如月のリクエストに応えた形となっている。
入口にある券売機でチケットを購入してついでに飲み物とポップコーンを購入。
今日観る作品は『悪魔からの逃走』。昔に作られたホラー映画のリバイバル上映だ。これもまた如月のリクエストである。
まだ早い時間だからか、シアター内は俺達以外に人がいない。
如月と二人きりのこのシチュエーション。広い空間が余計に胸の高鳴りを加速させた。
「如月が映画観たいって言うなんて意外だったな。しかも、ホラー映画だなんて」
「日向くんが好きって言ってたから、貴方の好きなモノを知りたいって思ったのよ。それに、ホラー映画なら合法的にくっつけるし」
主な理由は後半に詰まっていたような気がして、俺は思わず笑った。
俺は確かに映画が好きだ。これがあの惨劇を生んだ原因でもあるが、変わらず好きで居られるぐらいには。
だが、映画好きかと言われたら、少し違う気もする。好きな映画ぐらいならパッと言えるが、好きなシーンは?監督は?と言われると言葉に詰まる。
映画館が好きと言った方が正しいだろう。
幼いころ、父さんのたまにの休日によく映画館に連れてきてもらっていた。
父さんは正真正銘の映画好きで、俺が見るような子供映画にも付き合ってくれていた。
俺は父さんとこの空間にいるのが好きだった。
静かで薄暗くて広いのに、心の落ち着く空間。ここで食べるポップコーンはどこで食べるよりもおいしいし、ドリンクにある白ブドウサイダーはこの世の液体の中で一番おいしいというのに、ここ以外で見たことが無い。
俺にとって、映画館は自分と向き合い、そして好きな人との時間を共有する場所。
そんな場所に如月といられることが、今は嬉しい。
この一か月、色々なことが起こり、色々なことが変わった。
如月に求婚されたり、星海に裏切られたり、球技大会で新しい仲間が出来たり。嬉しいことも苦しいこともひっくるめて、濃い一か月だった。
多分、これからの学園生活も濃い時間になるのだと思う。根拠はないけど、強いて言うなら隣にいる彼女が理由になってくれる気がする。
ぼちぼち人が集まってきて、上映が始まった。
俺はホラーには比較的耐性がある方だ。今回観る『悪魔からの逃走』はそこまで怖くないらしいから、問題なく観られるだろう。
(この映像が古い感じもまた怖さなんだよな……ん?)
ぐいっと引っ張られる感覚に視線を滑らせていくと、震えながら俺の服を掴む如月の姿があった。
服を握っていない片方の手で視界を隠し、かろうじて映画は見えているのか、未だに恐怖に震えている。
(こいつもしかして……ホラー耐性ないのか!?)
「ひっ……」
「き、如月?だいj_____」
「ひゃっ!?」
小声で話しかけようとしたところで、如月が俺に飛びついてくる。幸い、音の大きな場面だったから周りの人は気にしていないようだ。
「だ、大丈夫。大丈夫だから……ひっ」
いつも凛然としてその態度を崩さない如月が、ぶるぶると生まれたての子鹿のように震えている。その事実がなんだか可笑しくて、その姿がなんだか可愛らしくて、俺は放っておいてみることにした。
▼▽
あれから追加で一本の映画を見た俺達は、駅の構内にあるいつものカフェに来ていた。
「まさか如月がホラー苦手だったとはな……」
「し、仕方ないじゃない。あんなの卑怯よ……」
「……なんで苦手だったのに見ようって提案したんだ?」
「日向くんが好きって言ってたから以外に理由なんてないわ。貴方の好きを少しでも知りたいの。もっと多くの好きと時間を、貴方と共有したい」
なんとも如月らしくない回答だった。引っ付いた拍子に下半身をいじろうとしたとか、そんなぶっ飛んだ回答を予想していただけになんだか拍子抜けだった。
でも、嬉しかった。
自分が守るべき存在は彼女なのだと、再確認できた。
自分は彼女に愛してもらっているのだと、再確認できた。
しばらくは如月との刺激的な日々を過ごすことになりそうだ。それはきっと悪くない日々だろう。
「……さて、それじゃあこれを渡す時ね」
ケーキを食べ終えたところで、如月がリボンがあしらわれた小さな箱を取り出した。
「ハッピーバースデー日向くん。これは私からのプレゼント」
「開けてもいいか?」
「えぇ」
箱を開くと、中に入っていたのは時計。
夜空を写し取ったような深い藍色の装飾は如月の髪を彷彿とさせ、星のように輝く針は規則正しく回っている。
「綺麗な時計だな……高かっただろ?」
「自慢じゃないけど、お金だけはあるのよね、ウチ」
あの豪邸を見た後だと、冗談とは思えなかった。
「貴方との『時間』を共有したい……だから、時計。この時計を見るときには、いつも私の事を思い出してほしい。離れてても、私たちを繋ぐ絆は途切れないわ」
「相変わらず重いな……」
「あら、今更じゃない?それとも嫌だったかしら?」
「……いや、このぐらいが好きだ。俺の知ってる如月は、既成事実を作ることも躊躇わない人間だからな」
如月が満足そうに笑った。
今の俺なら、如月の30%ぐらいは知っている。この表情は『理解してくれて嬉しい』の表情だ。
「もっと多くの時間を、か……そんじゃ、行くぞ」
「……え?行くって、どこに……」
「楽しい時間を共有しにいくんだよ」
▼▽
「ここって……」
「入るぞ。……すぐに分かる」
インターホンを押すと、中からばたばたと足音が迫ってくる。扉の向こうから顔を覗かせたのは、いつだって可愛い俺の義妹だった。
「おかえりなさいお義兄ちゃん!……と如月先輩」
「露骨にテンション下げるな。前々から言ってたでしょうが」
「だってぇ~私が今日は独り占めの予定だったんですも~ん」
「あ、あの、日向くん?ここって……」
「ウチだよ。今日は誕生日パーティーなんだ」
「ほら、ぼさっと突っ立ってないで入ってください!あっついんですから外は!」
天音と共に如月の手を引いて中に入る。如月は何が起こっているのやら理解が追い付いていない様子だった。
そんな如月をリビングに引きずり出し、父さんと音葉さんに対面させる。
「おかえりなさい蓮人。と、そちらはもしかして……?」
「俺の彼女予定の如月」
「えっと、日向くんのお父様、ですよね?わ、私、日向くんと結婚を前提にお付き合いさせていただこうと考えている如月です」
「結婚を前提に……いやはや、最近の子は進んでるな」
「父さん、そのセリフジジイ臭いぞ」
「えっ、そうなのか……?」
「貴方が如月さん?すっごい綺麗なお顔ね~!お人形さんみたい」
ガチガチになった如月をほぐしたのは朗らかな音葉さんだった。
音葉さんは如月の両頬に手を添えてまじまじと顔を見つめている。あれ、俺も初対面の時にやられたな。
「ママ、如月先輩困ってるから」
「あっ、ごめんなさい。綺麗だったからつい……」
「日向くん?こんなところに連れてくるなら、菓子折りの一つでも……」
「何を言ってるんだ。君が蓮人をここに連れてきてくれたんだ。それだけで十分だよ」
「……だ、そうだ。ほら、とりあえず座れ。お腹減っただろ?」
かくして、家族と如月を合わせた5名で誕生日パーティーが開催されたのだった。
▼▽
楽しい時間は過ぎ去り、辺りは静けさと共に闇に包まれた。
如月を駅まで送ることになった俺は、彼女と二人で薄暗い道を歩いていく。もちろん、手を繋いで。
「音葉さんの手料理、すごくおいしかったわね」
「俺は誰かさんが天音に対抗してあーんしてくるせいで腹一杯だよ……」
「彼女予定の者として負けるわけにはいかないもの。相手が愛しい義妹でもね」
今日の誕生日パーティーは如月と天音のあーんの押収に始まり、父さんが引きずり出してきた俺のアルバム閲覧、酔った音葉さんによる恋愛トークなど、突っ込みどころ満載のパーティーだった。
「……天音さん、本当に日向くんのことが好きなのね。今日話していてよく分かったわ」
「天音は俺がいなきゃ生きていけないし、逆もまた然りだ。俺達はなるべくしてなった義理の兄妹なんだよ」
「……それは運命の相手ってこと?」
「そうとも言えるし、そうとも言えないかもな。……妬いたか?」
「えぇ。でも、異論はないわ。天音さんが日向くんのことを兄妹として想っているのは、分かってるつもりだから」
ジトっとした視線を外し、如月は空を見上げて言った。
天音がそうしているように、如月もまた相互理解を得ようとしているのかもしれない。
パーティーの余韻に浸りながら話していると、駅に着いた。如月がくるりと振り返る。
「今日はありがとう。久しぶりに家族の暖かさを感じれた数時間だったわ」
「音葉さんと父さんはいつでも歓迎するってさ。天音はどうか分からないけど」
「ふふ、じゃあ天音さんの許可を得たらまた来ようかしら?」
「あいつからの許可は、骨が折れるだろうな」
「……日向くん、実はもう一つ渡したいものがあるの」
如月はバッグからとあるものを取り出した。
シーリングスタンプがあしらわれたそれには、小さく書かれた文字列。何度も俺が目にしてきたモノだ。
「これって……」
「それじゃ、また近いうちに」
如月は颯爽と走り去っていく。視線で追いかけた彼女の耳は真っ赤に染まっていた。
「……マジか」
来た道を戻りながら、俺は封筒を開いた。
『日向くんへ』
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