第14話 火の国② カルデラの風、君の笑顔
昼食を終えると、僕たちはバスを乗り継いで山あいへ向かった。道の両脇には青々とした森が広がり、時折、木漏れ日が差し込む。車窓から見える景色は、さっきまでの草千里の雄大な風景とは違って、どこか牧歌的で親しみやすい。
「ねえ、着いたらいろんな動物に会えるんだって」
「へえ⋯⋯君、本当に調べてきたんだね」
「もちろん! だって、せっかくだもん」
やがて、広い敷地に足を踏み入れる。そこには犬や馬、小さな動物たちの声が混ざり合っていて、空気そのものがどこか柔らかい。
山の風と草の匂い、動物の気配が重なり、まるで別世界に迷い込んだようだった。
まず向かったのは、小さな犬や猫と触れ合えるエリア。彼女は目を輝かせて膝をつき、子犬を抱き上げる。
「かわいい⋯⋯!」
「ほんとに、なんか君に似てるかも」
「え、どういう意味? 犬っぽいってこと?」
「いや、嬉しそうに笑う顔が、ね」
彼女はむっとした顔をしたが、すぐに笑いに変わる。腕の中の子犬が小さく鳴き、彼女の胸元に顔をうずめる。その様子を見ているだけで、僕まで頬が緩んでしまう。
「ねえ、見て! ミニブタのレースだって!」
「ミニブタ⋯⋯走るの?」
「そう! 小さい足で一生懸命走るんだよ。かわいいに決まってる!」
半信半疑の僕を引っ張るように、彼女は会場へと駆けていった。小さなコースの周囲には観客が集まり、スタートラインには数頭のミニブタが並んでいる。首に赤や青のリボンをつけた彼らは、なんだか誇らしげに鼻を鳴らしていた。
「どの子が勝つと思う?」
「うーん⋯⋯一番後ろで寝そうになってるあの子かな」
「それ、絶対ビリになるやつでしょ!」
やがてレースが始まった。合図と同時に、ミニブタたちが一斉に駆けだす。短い足で必死に走る姿は滑稽でありながら愛らしく、観客から笑い声と歓声が上がる。
「がんばれ、青いリボン!」
彼女が声を張り上げると、不思議なことにその青いリボンの子がぐんぐん加速していく。周りを抜き去り、ゴールテープを鼻で押し切った瞬間、会場がどよめきに包まれた。
「やったー! 私の応援した子が一番だよ!」
「⋯⋯すごいな。応援で勝たせるとか、君、才能あるんじゃない?」
レース場のスタッフが、彼女に景品を差し出した。抱えるほどの巨大なぬいぐるみ──しかしそれは、まぎれもなくミニブタを模したものだった。
「ふふっ、かわいい!」
「⋯⋯いや、ちょっと待って」
「なに?」
「ミニブタのレースで勝って、景品が“巨大ミニブタ”って⋯⋯それ、矛盾してない?」
僕の突っ込みに、彼女はきょとんとした顔をした後、堪えきれずに笑いだした。
「そう言われたら、確かにそうだね。でもいいの、かわいいから!」
そう言ってぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる彼女。その姿はまるで子どものようで、思わず僕もつられて笑ってしまった。
ぬいぐるみは僕の腕くらいの大きさがあって、正直持ち歩くには少し恥ずかしい。けれど彼女が嬉しそうにしているのなら、それでいいと思えた。
さらに進むと、動物たちのショーが始まっていた。訓練された犬たちが並び、元気に走り回る。歓声に混じって、彼女は子どものように手を叩いて喜んでいた。その笑顔は、動物たちの無邪気さと重なり、胸に焼きついていく。
「楽しいね!」
「うん、見てるだけで癒されるよ」
午後の時間はあっという間に過ぎた。夕方になると風が少し涼しくなり、空の色も柔らかな茜色に変わる。
夕方の風に吹かれながら、僕たちは“巨大ミニブタ”を抱えて、旅館へと向かうのだった。
山道を抜け、旅館に着く頃には日が傾き始めていた。木造の玄関、畳の香り、軒先で鳴る風鈴。どこか懐かしい空気が漂う。
「やっと着いたね⋯⋯!」
「うん、でも思ったより疲れてない」
「動物たちのおかげかな」
二人で笑い合いながら部屋に入り、荷物を下ろす。
窓の外には緑が広がり、遠くに川の流れる音が聞こえる。こうして僕たちの一日目は、自然と動物と、そしてたくさんの笑顔に包まれて終わりを迎えようとしていた。
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